ドライヤー『吸血鬼』

  先日、ドライヤー全作品の上映があり、一部の長編を見る機会に恵まれたので、記憶に新しい『吸血鬼』の梗概を記す。数年前に復刻された完全版(ドイツ語)で、私は初めて、この映画にちゃんとしたストーリーがあるということを知った。

 アラン・グレイ(ラヴクラフトに似てない?)は怪奇と幻想に憑かれた青年であり、これは彼の見た幻の世界のようなものだという前口上がある。しかし、現実のこととして映画は展開している。
 アランは一軒の宿屋に泊まる。扉は閉まっているし、変な男が階上にいたりしてわけのわからない宿屋である。アランが床で横になっていると、夜中にカギが回って、一人のガウン姿の男が部屋に入ってくる。男は何か包みを置いていくがそれには「私の死後に開封すること」と記されている。その男の影を追うように(かどうかはよくわからないが)、アラン宿を抜け出し、一軒の邸宅にたどりつく。そこには先ほどのガウン姿の男がいて、なぜか鉄砲で撃たれて殺される。その場に居合わせたアランは、客として迎え入れられる。
 その家には娘が二人と女中や使用人、シスターがいるが、長女の方が重い病気である。亡き骸は警察に運ばれる。アランが遺言通りに包みを開くと、吸血鬼に関する本で、そこにはなんと、アランが今いる村の名前と、そこの大吸血鬼(女性である)の名前がはっきりと記されているのだ。そして医者もグルになることがあるということが書かれている。娘は吸血鬼にやられているのだが、みんなは気付かない。娘は外へふらふらと憧れでては血を吸われているようだ。彼女のかかりつけの医者はもちろん吸血鬼の手下である。医者はアランを限度一杯まで輸血に使う。さらに娘を殺そうとするが、それは危うく免れる。すべて本に書いてある通りなのである。
 血液を抜かれてふらふらしているアランは、下の娘が消えていることに気付いて、捜索に行く。途中、ベンチに倒れたアランは、幽体離脱して医者のところにいる娘を発見、カギのありかなどもチェックするが、その後、医者の家(だと思う)の中にある柩に入り込んでいる。彼は目を見開いたまま死者になり、吸血鬼女が柩を覗き込むところや、運搬中の柩の中から見える世界を見ている。やがて柩がベンチにさしかかると、アランは目覚め、葬列も消える。横山さんが夢の本質というのはこのあたりのことだろうか。柩に入ったアランのところはとにかくおもしろい表現になっている。初めて見た『吸血鬼』ではこの印象しか残っていない。脈絡を追いきれなかったので、たぶんかなり不完全なものだったのだろう。
 一方、やっぱり本を読んだ従僕は、夜明け前に吸血鬼を殺そうと支度をして出掛け、蓋が割れている墓のところに来ている。目覚めたアランもまた合流し、杭を打つ。ドイツ語版ではこの部分の、徐々に杭が打たれていくところに検閲のカットが入っている。ただ杭が下がっていくだけのシーンだ。もちろん肉体に刺さっているところなど見せない。こういうところで検閲が入る時代だったのだなという感慨がある。杭が打ち終わると、吸血鬼は骸骨になっている。
吸血鬼を滅ぼしたので、娘は救われる。アランは下の娘を助けに行き、夢で見た通りのところにカギを見つけ、娘を救い出す。悪い医者と彼の手下で父親を殺した実行犯は、父の呪い(大写しの顔。今の若い人には嗤うしかないだろうが、この手法はかなり長く生き延びている)により、殺される。医者は粉まみれで死ぬのだが、この部分はなかなか凄惨であり、一部カットされている。娘とアランののどかな田園行と製粉所が交互に現れて幕。

 いい加減な展開だが、まあそれなりに話になっている。吸血鬼は何度か顔を出すが、爺さんのようにも見える普通の婆さんで、いわゆる吸血鬼のようではない。血を吸われている少女も、演技だけでそれを表現している。