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神林ワールド資料集

第40回SF大会企画「神林ワールドへようこそ」

(2001/8/19 12時30分~2時 於幕張メッセ国際会議場)

★約90分の録音テープですが、完全にそのまま起こしたものではありません。ただしほとんど加工せず、なるべく原型を保つようにまとめています。
★インタビュアー=高柳カヨ子(神林同盟会長)
★神林長平氏のご承諾を頂いて掲載しています。無断転載を禁じます

◆「雪風」アニメーション化をめぐって◆

高柳 昨日アニメーション「戦闘妖精雪風」の製作発表会があったわけですが、『雪風』の映像化についてまず伺いたいと思います。
神林 昨日大画面で観たんですけど、やっぱり迫力がありますね。映像化したいという話はいろいろとあったんですけど、今回承知をしたのは、昨日GONZOの社長さんが「『グッドラック』が出たことで、映像化する良い機会じゃないか」とおっしゃってましたが、僕自身もそういうところがありまして、『グッドラック』を書くまでは自分の中で手放したくないというか、『グッドラック』を書いたあとは、もういいや、独立させても、というのは変ですけれども、自分の手から放してもいいんだなと。
映像化するにあたっての条件というのをいろいろと出したんですけれども、とにかく実機を体験してもらいたいけど出来ますか、ということを言ったら、プロデューサーの杉山(清)さんという方は、僕は知らなかったんだけれども、知っている人はみな知っているようで、軍用機などを紹介するエキスパートで、戦闘機などにものすごい思い入れがあって、「何とかします」ということで、これはいいかなと思ったんですね。
高柳 杉山プロデューサーは東芝EMIで戦闘機のビデオ・シリーズを作られた方で、飛行機に対する思い入れは人一倍あって、『雪風』に対する思い入れも強かったんですね。ほかに実写での映像化の話もあったとか。
神林 どうなのかな、とにかくいろいろなところから話はあったんですけど、いちばん企画書がしっかりしていて、素早い丁寧な対応、大言壮語で、もう世界戦略で売りまくります、というプロデューサーの意気込みで、そこからGONZOではどうかということに。GONZO単体での申し込みもあったんですけど、結果的にはカップリングという形で。昨日の繰り返しになるんですけど、承知する条件というのをこちらからいろいろとお願いというか、びっちりと書類に書いてお渡ししたんですけど、まず、あれはただの戦闘機ものの話じゃないよ、ということをはっきりさせてもらいたい。だからリン・ジャクスンの視点、客観的に醒めた眼で見る視点というのを無視しないでくれ、ということ。あと僕は軍事オタクじゃなくて、そういうものが嫌いなのね。戦闘ものなんだけど、絶対に軍事讃美というものにはしないでくれということ。それから、実機による体験をぜひスタッフの皆さんにやっていただきたいということをお願いして、すべてやりますということで、それでおまかせします、と。僕のやるのはそこまでで、あとはどういう作品になってくるかな、ということで一人のファンとして愉しみにしています。今はそんなに思い入れがないので、自分の中で決着しているというか、外に出して、自分のイメージ自体がはっきりしたので、別ヴァージョンというか、こういうのもありかなというようないろんなヴァージョンが出て来てもいいかなというふうに今は思っています。
高柳 『戦闘妖精・雪風』を書いたときはまだ手放したくない、という感じで、『グッドラック』を書いたことで、いわば『雪風』も成長したので、独立させられたということでしょうか。
神林 そうですね。具体的に言えば第一作はメカものでしょ、で『グッドラック』は人間ドラマになっていますよね、だから僕の気持ちが十五年前とは全然違うんだよね、興味関心が。一作目を書いたときに映像化はちょっとなという気がしていたのは、やっぱりあれはメカ中心の話で、ただ描写されたら困るよね、というのが強かった。でも『グッドラック』を書いたあとでは、メカはもういいや、というか、それを僕よりよく知っている人たちの手で映像化してもらえれば、本望だと。
渡したときにはどうなるか全然判らなかったんですけど、大倉監督が『グッドラック』を何とか盛り込みたいというんで、二つをあわせて再構築をして、ということになったんですが、それはいいやり方かもしれないけれども、難しいかもしれないですね。十五年分ですから。まあ話自体は三ヶ月ぐらいにしかなっていないんだけど。
高柳 『雪風』を読んでおもしろいと思った人たちが、十五年経って『グッドラック』を読んで、共感をもってくれて、それで作りたいと。
神林 そうですそうです。それが嬉しかったです、すごく。初めてスタッフの方たちと顔合わせをしたときに、とにかく『雪風』を自分の手で映像化したいというのがひしひしと伝わってきて、これは感激、と思ったんですけれども、もっと感動したのは、最初に『雪風』を読んだのは高校生くらいとか二十歳とかそんな時代だったんだけど、十五年経って『グッドラック』を読んだら、前のやつもよくわかるし、この十五年間で自分自身も成長したんだなというのがわかる、とスタッフの一人が言うのね、それを聞いたときに十五年経って続編を書いたのは無駄じゃなかったなあと思ってすごくうれしかったですね。
高柳 映像化に当って、脚本参加とかいろいろなさる方がいらっしゃいますが、神林さんの場合は、プロはプロにお任せするという。
神林 僕は映像のプロじゃないので、知らぬ者が口を出してめちゃくちゃにしてもと思うじゃない。餅は餅屋なんだから。少しでも畑を知っていれば別でしょうけど、僕は昨日も言ったように、絵を描くとか、イラストとか、3Dモデルとか、そういうのを想像する能力が低いのね。高専時代も図学というのがあって、立体的なものに何か三角柱の嘴が刺さったみたいなのがあって、この辺のカッティングの図を書けというテストがあるんだけど、ものすごく苦手だったんだよね。どうしても立体把握みたいなのが苦手みたいで、本当にああやって形になって、動いてくるのが凄いなと。
高柳 最初にたくさんのイメージスケッチが送られてきたわけですが、いろいろな雪風とかジャムとか描かれているのをご覧になってどうでしたか。
神林 一番最初にぱっと見たときにラフスケッチの形がよくわからないのね、自分の能力の問題もあるんだろうけど、「えー、変なの」(笑)というのが第一印象で、変なのがいっぱい。彼らは横山(宏)さんとか長谷川(正治)さんのイメージから離れる必要があったのね。昨日(メカテザインの)山下さんのコメントにもあったけど、既存のイメージから離れるのに苦労したと。双発のエンジンで二枚尾翼をつけると、みんな同じような形にならざるを得ない、というところで、じゃあこのヴァージョンでどうやって独自性を出すか。だからあの二コブキャノピというのも、一目で判るからありなのかなと。力学的にいうと、一つ目のコブの後ろに風圧が生じて抵抗になるんじゃないかと思うけれども、案外それが抵抗を減らすんじゃないかと、今はすべて好意的に(笑)捉えるように、なっております。
ジャムは本当に苦労したと思うんですよ。ラフスケッチなんか見ると、インドの武器か何かじゃないかと思うような……
高柳 ヴァジュラですね。
神林 そうそう、手裏剣みたいな。こんなものが飛ぶか、というような(笑)、昨日見たヴァージョンでもどうやって飛ぶかはよくわからないんだけれども、原作が原作だからね(笑)。カッコ良く仕上がってましたね、わりと有機的で暗いものをイメージしていましたけど、あっちの方が映像としては良かったよね。欺瞞装置というか、擬態というか、機体に赤の同心円がパッと拡がって青に変わっていくところとか、すごいカッコいいですよ、昨日はあまり良く見えなかったけど(笑)。
高柳 普通に考えると、雪風が現行の戦闘機に似た直線的なイメージ、ジャムの方が有機的なイメージ、と思われていた方がやはり多いんじゃないかと思いますけれども、それを逆手に取って、雪風の方が曲線を多用した有機的なイメージ、ジャムの方を直線にしてきたというのは、意表を突かれて新鮮でした。独自の『雪風』を作ろうという意気込みを感じましたね。
神林 本当に感心することばかりで、昨日も壇上で恐縮していました。私がこんなところにいていいんでしょうか、と。
高柳 神林さんの原作がなければあの作品は生まれなかったわけですから。小説の中では二人が会話している場面があるだけでも、映像ならどういう部屋でどういう小物があってというところまで描き込まなければなりませんよね。(キャラクターデザインの)多田(由美)さんの人物のイラストにしても、どういう生活空間でどういうふうに仕事をしているのかということまで含めたイラストを描かれていましたよね。
神林 そうですね、そういう小物から攻めるという書き方もありますよね。全然関係ないんですけど、小説を作るときのイメージの膨らませ方というのは。環境の細かいところから作っていく、僕はそういう書き方とは違うから……。まあそれは措いといて、今回期待したのはもうひとつあって、音をとにかく力を入れて下さいって言ったの。音響ですね、それと音楽。僕は『敵は海賊』のときはバブルの絶頂期で、お金がありあまるほどあって、ロンドンで向こうのミュージシャンが録音するから、僕もそれ見たいな~とふともらしたんですよ、そうしたら何とかしますって、良い時代だったんですよ(笑)。向こうに行ったらスポンサーの三菱商事の現地の社員からビールの差し入れがあったりして、もう夢のような、二度と味わえない(笑)。
高柳 音響監督の方が、音響の仕事はたくさんやっているけど、これだけお金を使えたのは初めてだと言ってました。
神林 ミュージシャンもプロっていうのは、楽譜を初見ですぐ弾くのね、それでミキシング前の素材を取って帰っていくんだよね、暗い煉瓦づくりのスタジオの前にオレンジ色の照明があって、そこにポルシェかなんか置いてあって、一人で帰っていく、ああミュージシャンってカッコいいな、と、思うんですよ。そこでセッションをして、現ナマを掴んで帰っていく。
高柳 ブリティッシュ・ハードロックの錚々たる方々が、中心になってやってくれたんですが、面白い仕事があるから来ない? というような、口コミというかコネクションで来てくれて、みんな一人ずつ来ては演奏して帰っていく。来るときは本当に気のいいイギリス人のおっちゃんなんですけれども……。
神林 それがギターを持った途端に魂が宿る。カッコいいですよ。……というような経験もありまして、音楽というのも大事だなというのがありますし、普段映画とかも見てて、映像も勿論大事なんだけど、音響の占める割合っていうのが、僕の捉える感性っていうのが、結構音を聞いているよね、と。音響にこだわって下さいということを言ったんですね。そうしたら壇上に音響監督が上がってきて、こういうところに音響が上がるのは珍しいって言ってた。体験のときに、ターボファンエンジンの爆音のすさまじさを体験して欲しいなと思ったら、本当にしてきたらしくて、防爆板の陰から、エンジン全開の音を浴びるような体験をして凄かったらしいですよ。音じゃなくて、音圧ですよね。「圧倒されて帰ってきました」と言っていましたんで、どういうふうに音響を出してくれるのか。ドルビーの5.1にこだわっているみたいなんで……ウチには5.1がないんだよな(笑)。劇場でぜひやってもらいたいですよね。
高柳 神林さん自身は実機の音というか、近くで見られたことはあるんですか。
神林 ないんです、それが。(笑)戦車はありますけど。中には入れてもらえなかったけど、外に乗ったことはあります。戦車は遅いじゃない。やっぱりスピードが出ないと。(笑)昔、レコードは聞いたことはあります。F15の音とか、コクピットの会話とか息遣いとか録音したものは聞いたことがあります。
高柳 音楽の方はどうでしたか。
神林 最初、「海は死にますか~」とさだまさし風の歌になったらどうしようと(笑)。杉山さんがフルオーケストラでやりましょう、とか言うから、さだまさしになっちゃうんだろうか、勘弁して欲しいよなと思ってたんで、すごくほっとした。(笑)ザ・蟹というのは超絶技巧のピアノの人みたいで、僕はよく知らなかったんですけど、筋肉少女隊の人ですよね。昨日打ち合わせで初めてお会いしたんですけど、原作読みましたよ、と言われてそれがすごく嬉しかった(笑)。まあかまやつさんは読んでいないでしょうね。プロのミュージシャンはすごいですよ。こういうイメージで何分とかいうと、二三日で作るんでしょうね、そういう方の才能もないんで、感動しました。
(エンディングテーマの)かまやつさんの歌は、すごくほっとするような。
高柳 監督がも最後でスポンと抜けたようなものにしたかったと言ってましたよね。
神林 かまやつさんの声っていいですよ、ハイトーンで。
高柳 いろいろな面で、ありがちな『雪風』のイメージをいい意味で裏切ってくれているという感じ。
神林 そうですね。こういうのもありだな、とすごく感じました。素材はいいのがそろってますけど、あとは編集でどうなるか。うまくいって欲しい。
高柳 みんな思い入れが強いので、順調に遅れている(笑)という話ですけれども。
神林 でも四月はずさないと言っていますから。楽しみに待っています。

◆「膚【はだえ】の下」について◆

高柳 それでは次に『SFマガジン』で連載中の「膚の下」について。毎月毎月神林さんの作品が読めるという夢のような……。
神林 悪夢のような(笑)。
高柳 締め切りをクリアするとまた次の締め切りが来るという。
神林 そうなんですよ、ここ何年かこんなに仕事をしたことがあったろうかと思う(笑)。
高柳 『あなたの魂に安らぎあれ』『帝王の殻』に続く三部作ということで、時代的には……。
神林 いちばん最初ですよね。
高柳 二百三十年と時代はあいてますけど、前の作品とつながるキャラクターが出て来て、梶野少佐も若かったんだ……というような愉しみもありますが、今回は一味違って、少年の成長物語となっていますよね。
神林 そうですね、段々成長してきましたね、書き始めの頃よりは。それをライヴで愉しんでいる感じが自分でもあります。
高柳 神林さんと言えば猫、なんですが、今回は初めて犬が出て来ました。それは?
神林 なんか相棒として動物をつけたいなと思ったんだけど、猫じゃ何の役にも立たない(笑)ということで、今回は犬です。もうひとつ、どうして犬を出したかというと、人間社会というのは犬型だというイメージがあるのね、僕には。リーダーがいて、権力支配をする。人間というのはそうだろうというのがずっと前からあって。結局負け犬として排除される存在が出る生き物というのは、本当かどうかは知らんが、一説には人間と猿と狼・犬だけだと。他の生き物はそういうふうに排除されて負け犬の立場になるようなものがないと言われて、ああなるほどと。人間っていうのはそうかなと思って。それの象徴として犬を出している。それで慧慈くんは、そういう考え方なりそういう思想なり、人間的な価値観で世界を見ている限りは、自分は独立した生き物にはなれないんだというか、新しい、人間じゃない自分としての存在価値というのは、そのような人間的な価値観でものごとを判断している限りは絶対に不可能だ気がつくのね。そういう話なんですよ、あれは。で、今回、このあいだ渡したばかりなんですけど、二三日後に出るマガジンで(笑)、急転回というか、第三章に当る、起承転結の転の場面に入ります。それでテーマがはっきり分ります。それからもう活劇シーンの連続になって、息切れがしないことを祈るんですけど。どうやってラストに持って行くかな~。いやラストは決まっているんですよ、雨の中を慧慈くんが出て行くというそのシーンだけは浮かんでいる。どうしてそうなるのか(笑)を考えないと。一番最初の場面が雨の戦闘場面で、雨が嫌いで、それと対になる場面が、その時の文章もぽっと頭に浮かんで――雨は優しかった、とそんなようなフレーズがぽっと浮かんだ。その優しい雨の中を出て行くというラストシーンに、どうやってもってこうか。でも考えてみるとね、機械人のアミシャダイというのは『帝王の殻』で火星にいるんだよな。どうして火星にいったんだろう(笑)。すごく悩んでいるんだけど、どうしようか、同姓同名なのか(笑)。
高柳 プロットが最初から最後まで決まっていて書くというタイプではないですよね、でも最後のシーンがはっきり見えていないと書けない。
神林 そうなんです。物語づくりが下手なんだよね。だからライヴで書いている感じ。『グッドラック』の最終章百八十枚なんていうのはどうなるのか分らなかったんだけれど、自分で考えながら、零とかブッカー少佐とかクーリィ准将とか集まってどうたらこうたらと言っているシーンがあるじゃないですか、あれもライヴですからね。ジャムが不確定性原理のなんたらかんたらとか、誰かがぽっと言いだしたものだから仕方がなしに解説でやらなきゃいけない破目になっちゃったりしてさ(笑)。それでジャムが不確定性を持つかかどうか分らないのだから今そんなことを言っても無駄だろう、などという台詞を言いだして、それなら書かなきゃいいだろうと(笑)。そんなふうにライヴで書いていると、自分でもおもしろい。
高柳 ディスカッションのところが神林さんの作品の醍醐味で、『敵は海賊』で遺憾なく発揮されていますけれども、読むほうも楽しいですが、書く方も楽しい?
神林 うん。楽しいです。すごく楽しい。アプロの罵倒語辞典とかあればいいのになあ。ボキャブラリイが寂しいよね。
高柳 そんな罵倒のボキャブラリイは増えなくてもいいと思いますけど……。まあ今度の「膚の下」も慧慈くんの成長とともに。
神林 そうですね。もうちょっと時間的に余裕が欲しい。じっくり考えて書きたい。
高柳 じっくり考える回と考えた後に書く回とか。話は進まない、慧慈くんも考えている。それだけで一回が終わる。そういうのもいいんじゃないでしょうか(笑)
神林 結構今までそうだと思う。
高柳 確かに。神林さんの主人公たちは悩みますよね。
神林 人生に前向きですよね。何も考えずに生きていければ幸せかもしれないけれど、それじゃあおもしろくないでしょう。考えるように生まれてきているんだから、頭を使うもんだろうと思うからね(笑)。
高柳 これはいつ頃まで。
神林 いや、編集長はいつまででもと。(笑)
高柳 じゃあずっと書いてましょう、ずっと毎月読めますから。
神林 一応一年ということだったんですけど、ちょっと無理。少なくとも一年半。9回でちょうど半分くらいなので。打ちきられるかもしれないし(笑)。

◆『永久帰還装置』について◆

高柳 この秋には新刊がようやく出ますね。待望の。
神林 著者待望の(笑)ですね。『永久帰還装置』というのがようやく上がりまして、今ゲラが手元に届いて。十月にたぶん出ると思いますけど、単行本です。
高柳 朝日ソノラマから。ソノラマからは以前『ライトジーンの遺産』という神林さんの新しい魅力を引き出したと言える、ハードボイルドが出ました。ウィットに富んだ素敵な連作集だったんですけど。
神林 あれは自分でも、読んでて楽しかった。
高柳 秀逸なキャラクターで、本当に大人の、という感じでしたね。
神林 そうですね、もう子供、ガキ相手にしててもしょうがねえや(笑)というか、自分もいつまでも子供じゃいられないということで、ちょっとね。
高柳 あれを読んでウィスキーにはまってしまったという読者もいるようで。
神林 僕もあとがきにも書いたけど、取材と称していろんなウィスキーを買ってきて、いやあ、あれは楽しかったなあ(笑)。それで気に入った銘柄が一つあって、アイル・オブ・ジュラーという、安いやつなんですけど、このあいだ十年ものを買ったらやっぱり全然違いますね、十二年もの以上じゃないと。もう輸入しないと言われたから、そう言われると(笑)、箱ごと買いました。だって輸入しないっていうんだから……(ぶつぶつぶつ)。コルクの栓で、封を切っちゃうと、香りが飛んじゃうんだよね。普通の香りはするんだけど、すごく微妙なんだよね、あの焦げ臭さっていうのが。それで懐かしいすごくいい気分になって、醸造所の風景――サントリーの白州の醸造所に見学に行ったことがあって、寝かせる酒もいいよなと思って。ふだんはビールを飲んでいるんですけど、ビールは活きのいいうちに飲むべきなんでしょうけど、熟成するのに時間が必要だっていう、そういう商品、ものがあるのはいいなあと。
高柳 若さもいいものですけれども、人間も年をとってくると味わい深くなってくる。
神林 あれを書いていたころ、誰かの後書きか何かを読んでいた時に、昔は良かったとか、年をとったからあれだよな、というような、年をくうことに対して否定的な言い方があって、じゃあお前は何が楽しくて生きているんだよと、思った(笑)。若い頃の話が出来るというのはこの年になったからの特権だろうと。そういうものを肯定的に見ようじゃないかと思って、ああいうキャラクターを作ったんだと思うんです。若者はバカだけど、バカじゃないとクリエイティヴなことは出来ないわけですよ。若い頃は何の理論でもみんな新しいわけで、思い付いたことというのは、人間の頭の構造というのはみんな同じようなものだから、ほとんど先人たちが考えているわけね、でもそれを発見した人にとっては常に新しいもので、新しい驚きというか、それをクリエイティヴな核にして創作していくわけじゃない。だから若者がお利口になっちゃいけないのね、こんなことは昔誰かが言っている、とそんなことを言っていたら、新しいものは書けない。だからバカじゃなきゃいけないんだよ。でもね、バカなままずっといってもしょうがいなんだよ、と私は思いますけどね。ウィスキーじゃないけど、その年なりの世界観はあってしかるべきだし、だからいつまでもバカなままではいかんだろう、と。だから反対に、いつまでも少年の心を忘れずに何たらかんたらという意見に対しても、いつまでも少年でいたらバカだよ、それ、というふうに反発して、そういう意識はあったのですけど、そういう風に思えるようになるには、四十歳なり五十歳近くにならないと分らないものだなあということに初めて気が付いてね。
高柳 年をとる楽しみ。
神林 そういうことですね。それを表現しようと思ったのがあの作品。
高柳 『魂の駆動体』でも老人たちが活き活きと。
神林 そうですね。あれを読んで六十歳の人が考える感性じゃないという反応はあったけれど、でも僕は六十になってもあんな感じじゃないかなと思う。なってみなきゃ分らないけど。そんなに我々が思うほど変わらないんじゃないかな、年をとった人でも。だってもう五十歳だという意識はあんまりないもんね。さすがに二十歳とは思わんが、三十歳くらいかな、と。
(休憩)
高柳 『永久帰還装置』ですが、女性が主人公ですよね。
神林 そうです。話の概略を言うとですね。
高柳 あんまり詳しく言うと……。
神林 そうですかね。(笑)
高柳 概略を聞いても、読むと全然違いますから、神林さんの場合は(笑)。
神林 あの……一言では言えないな(笑)。ふだん我々のいる世界とはちがう高次元の世界から、逃げた犯罪者を追ってくる刑事の話なんです。高次元の存在というのは人間には分らない。まあ神様みたいな存在で。追ってくる連中、追われるやつらも人間の形をしてここにいるから、高次元の世界が分らないんですよ。こんなものがどうやって話になるのか分らないぞ(笑)というのから話が始まって、正体不明のものが出現するわけだから、それを調べようとする側の女性が主人公なんですけど、それとその刑事が恋に落ちて……と簡単に言うとそんな話です。
高柳 「帰る」ということが一つのキイ・ワードになっている。
神林 いや、そうやって吹聴したもんだから、それに対して一生懸命考えなくちゃいけなくなって、だから書けなくなっちゃった。マックで書いているから、一番最初にファイルを作ったときが分るわけですよ。三年も四年も前なんだよ、「永久帰還装置」のファイルは(笑)。いや、まいったね。七百五、六十枚になって、書き上げてしまったら、どうしてこんな話にこんなに時間がかかったんだと思っちゃったけど(笑)。きれいに、ハッピーではないけど、いやハッピー・エンドかな、とにかく読後感の良さは保証します。良い話ですよ。(笑)なんかにやけてしまった(笑)。
女性の一人称にしたのは、やってくるのがやっぱり男なんで、それと恋をするというので女に。ホモセクシュアルというのは僕は体験したことがないからよくわからないんで。女性がやってくるのだったら……それは何か深層意識にあるかもしれない。その世界設定が、一瞬にして世界をクリアして再構築できるという世界なんで、一瞬にして男にしようと思えば出来るんで、そういう意味ではあまり女性女性と思わず、どっちでもいいんです、本当に。
高柳 長篇の書き下ろしはきついものですか。『ライトジーン』の場合は短篇連作ですから一つずつ書き上げていくけれども、長篇の場合はずっと……。
神林 そうですね、あまり枚数は関係ないんです。『ライトジーン』は一話ずつ作るわけだけど、『永久帰還装置』も並べれば一話でしかないからから、だからなんでこんなに時間がかかるのか、と思う。締め切りというのはゴムみたいなもので、伸ばそうと思えばいくらでも伸びる。(笑)特に書き下ろしの締め切りなんて、あってないようなもんなので、そのうちにもう書かなくてもいいと言われると、やだな、と思って、見捨てないで下さいね(笑)と言いながら、もうちょっともうちょっと……と。でも頑張ってれば、そのうちに書けるものですね。
高柳 十月が楽しみですね。

◆久々の短篇集と書くことについて◆

高柳 そのあとにハヤカワ文庫から久々の短篇集が出ますよね。
神林 短篇集を作っていただけることになって、本当に久々ですね。
高柳 『時間蝕』以来。
神林 そうですね。「抱いて熱く」というのが冒頭に来て、『2001』で書き下ろした「なんと清浄な街」というのが来て、その次に「小指の先の天使」「猫の棲む処」、書き下ろしが来て、最後に「父の樹」という構成で、ゆるいゆるい連作の、世界観がつながているようなつながっていないような、というので一つ短篇集を。
高柳 それはいつ頃の予定で。
神林 わかんない。(笑)書いてないし。
高柳 「膚の下」の締め切りと締め切りの合間にその短篇を。
神林 七、八十枚書いて、揃えば。とにかく『雪風』関連のDVDが、それをお祭りとしてですね、売れる時に売ってしまおうという(笑)。売るものがなければしょうがない、ということで。本当は『敵は海賊』が書ければいいんですけれど。
高柳 『敵は海賊』は少し書いて……。
神林 そう三十五枚位。(笑)。
高柳 これも随分前から仮題が決まっていて……。
神林 うん、「昨日の敵は今日も敵」。「明日も敵」かも……。エピグラムも決まってて、「人生とは記録である。もうどこに書きつけたか忘れてしまった。」(笑)。
高柳 神林ファンならお分かりの通り、「イルカの森」のエピグラフのパロディ。
神林 「人生とは記憶である。誰の言葉だったがもう忘れてしまったが」……。人生というのは記録である。あそこに書きつけたはずたけど、あれはどこに行ったんだろう、と。人生の三分の一は探し物をしているという説がありますからね、そう言われてみると、そうかも。起きている時間の三分の一くらいは何かを探しているようにも思うよね。
高柳 どんな感じの話になる?
神林 えっとね……どんな感じの話になるかわかってれば、もう書けてる。(笑)そうしたらもう書いている。でも、そうですね、ラテルとアプロの掛け合いで始まっていますんで、三ばかトリオに?[ヨウ]冥がからんでくるといういつものパターンで、何か新しいことを考えていますけど。隠しテーマというか。たぶん言葉になりますかね……手垢のついたテーマかもしれないけど。今考えています。
高柳 ライヴで書くというお話のように、みんな書くことがわかっちゃったら、おもしろくなくなっちゃう。
神林 それがわかっちゃったら、もう書いたような気持ちになってしまって、おもしろくない。
高柳 神林さんのコンピュータの中には書いたつもりになって興味を失ってしまった幻の傑作のファイルがたくさんあるんですよね?
神林 そうです……嘘です。(笑)いや、アイディアだけは、例えば、時間とは物である、というフレーズがいっぱいあって、時間とはものであるって結構良いフレーズだなと思っていたら、最近、某アニメのあれでそういうアイディアが出て来るようなのがあって、おお、これは先に書いとくんだった。(笑)そういう、時間とは物であるというのはまだインパクトを失っていないんだけど、思い付いたアイディアが書いてあっても、なんか陳腐なのね、そのアイディアを今見ると。そのアイディアを書きつけたときの雰囲気とか自分のモチベーションとか、そういうものからアイディアが生まれてくるわけだから、その状態の時にそれを一気に書いてしまわないと、無駄なのね、後で見ても。だからいくらアイディア・スケッチを作っておいても、僕の場合には結局はね。昔もね、京大式のカードとかファイリングボツクスとか、ああいう形にしてやったんですけど、ダメでしたね、僕の作り方では。もちろんそうやってすぐれた業績を上げる人がいるし、作家もそういうのを役に立てている人もいるでしょうけど、僕の場合は、整理しちゃうとおもしろくなくなっちゃう。整理しただけで終わるな、小説になってないじゃない……それともちょっと違うな。とにかく思い付いたら一気に書く、これが鉄則ですね。
高柳 『永久帰還装置』の時には、それが少し時間があいちゃったんで。
神林 うん、そうですね、モチベーションが、その時の気持ちをずっと維持できなかったんでしょうね。途中でSF新人賞の選考委員を引き受けてしまったし。あれがまた辛かった。二十年も書いているから、だいたい新人の人たちの書くアラっていうのかな、ここはちょっとあれすればもっとおもしろいのになというのが分るわけ。いろいろと書いたりするんだけど、選考評とかね、それを改めて自分でみて、じゃあオレはどうだろう、オレはこういうふうに書いてるだろうかと思っちゃうのね。だから性格なんでしょうね、それとは全然切り離して、選考する人ももちろんいるでしょうし。僕は初めてだったし、根が誠実なものだから、一生懸命書かなきゃいけないと思っているから、それがみんな我が身に返ってくる。良い点は盗むわけにはいかんからさ、悪い点ばかりが返ってくるわけだから、全然書けなくなっちゃった。
高柳 選考委員のあいだで「神林レポート」と有名になった。
神林 B5二枚に書いて、きっかり一作品二枚というふうに自分で決めて、そこに盛り込んで悪い点良い点というのを書いて、それで選考会に臨んだ。それが一部で受けている。(笑)本当にきつかったな。
高柳 そこからまた得るものが。
神林 そうですね、小説というのはこういうものだなと改めて客観的に見られましたね。アイディアだけじゃダメだし、独りよがりでもダメなんだな、と。
高柳 選考評を読んでも、文章に対するこだわりというのが。
神林 そうですね、小説というのは文芸じゃない、文で芸をするものだと思っているから。アイディアだけでだったら……。SFって粗筋がいちばんおもしろいって言うじゃない、SF大会の座敷で酔っ払いながら、こんなアイディアが……と言ったら、次の人がそれを受けて、そうしたらそれをこうやってこういうふうにと話がふくらんだらおもしろくなるじゃない、SFの楽しみっていうのはそういうのもあるんですけど、でも小説として形を取った場合には、やっぱり文に芸をつけなきゃね、というのはある。そうじゃなかったらそうやって話を作って楽しんでいればいい。自分自身でも文で芸をしなきゃと思っているから……。いや、そんな難しいことより何よりね、僕は書いていることが好きなんだよ! とにかく何でもいいから書いていることが好きで、延々と書いている。選評のあれだってやれと言われたから書いているわけじゃなくて、自分の考えをまとめていく作業がおもしろい。二枚って字数を決めたら、ここをこう削ってとか、そういうふうに書いていくのが楽しみなんだよ、おもしろい。一旦本になっちゃったり、ゲラになって出ちゃったりすると、もういいんだけど、画面の上にあって手を入れられる状態だったりすると、延々といつまでもいじっている。そうすると辻褄が合わなくなってきちゃったり、これは最初から書き直さなきゃダメだなと思って(笑)、『永久帰還装置』はそんなことばかりやっていた。百枚二百枚書いて、チャラにしたことも何回か。ここは利用できるかな、とかさ、手書きの頃は出来なかったじゃない、切り貼りしてこっちを持ってったりとかいうことはやらなかったから。コンピュータになってから、ペーストして、このフレーズはあっちに使える、これはこっちに使えるとやっていたら、最終的に全然辻褄が合わなくてもうダメだ(笑)。もう最初から書き直さなきゃ。
僕はゲームもしないし、映画は少しは観るけどこれといった趣味もないし、何をやるのにも書いているときがいちばんおもしろい。こんなにおもしろい仕事はない、それがお金になるんだから(笑)。もちろん苦労も大きいんだけど。まあ楽しいと思ってなきゃやってられないような仕事でもある。

◆質問コーナー◆

●『敵は海賊』のアニメーションで、ジュビリィのキャラがマッチョな大兄さんで、あれは神林さんのイメージ通りだったでしょうか。
神林 あれはイメージ通りというのはないです。ただああいうのもありかなと。ただアニメーションとしてはキャラクターがどれがどれとはっきりとわからないといけないでしょ、あれはあれでいいんじゃないかなと。それを言いだしたら完璧なものはないんで、自分で描くしかない。僕にはそれは出来ないから。

●『迷惑一番』が好きなんですが、続編の可能性は?
神林 どんな話だっけ? よく覚えてないから、続編はないと思います。(笑)

●雪風のアニメのタイトルが『戦闘妖精雪風』で中黒点がないことについて。
神林 もともと「戦闘妖精」というタイトルだった。編集の方で、「戦闘妖精・雪風」にしたので、僕自身はあまり中黒が好きじゃないので、どちらかというと、原型に戻ったという感じですね。

(質問コーナーは録音状態が悪かったために、いささか不備なものになってしまいました。申し訳ありません。)