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神林作品ガイド

神林作品ガイド③★敵は海賊シリーズ★

『敵は海賊・海賊版』

 宇宙海賊(ことにも伝説的な宇宙海賊・匋[ヨウ]冥)を撃退するため、無制限と言っても良いほどの権限を与えられている海賊課の刑事ラテル(人間の男)&アプロ(黒猫型異星人)&ラジェンドラ(機械知性を有する宇宙フリゲート艦)の破天荒な活躍を描くスペース・オペラ・シリーズの長篇第一作。フィラール星の女官長シャルファフィンが行方不明の王女探索を匋[ヨウ]冥に願い出るところから物語は始まる。王女が本物ではない、本物の王女を捜してほしいと言うのだ……。王女失踪の裏には人間の力を越えた者たちの闘争が絡んでいるらしく、不思議な力に導かれてパラレル・ワールドに入り込んだ匋[ヨウ]冥の一行に、海賊課の刑事ラテルのチームが入り乱れる。
 ドッペルゲンガー、善と悪の抗争など、ファンタジーの要素を用いながらも、SFアクションとしての骨格を崩すことのないところはさすが神林長平である。
 またこの作品にはメタノベルの要素もあって、ポストモダン・ノベルを愛好する向きをもにやりとさせる作品となっている。神林作品にあって書くという行為への省察は重要なテーマのひとつなのだ。
 第15回星雲賞日本長篇部門受賞。  

『敵は海賊・猫たちの饗宴』

 対宇宙海賊課をくびになった刑事ラテルとアプロは、チーフに紹介された再就職先のコマーシャル・フィルム撮影所にやって来た。だが、映像と本物が入り乱れた派手な攻撃を受ける。そこでは人間の無意識に侵入して脳を狂わせるために使用禁止になったCATシステムが使用されていたのだ。(「猫じゃらし作戦」)
 撮影所で一暴れした二人は解職を取り消され、海賊をおびきだすために情報軍の基地があるテンデイズビルに赴く。ラテルたちがのどかにも古代の戦闘演習ゲーム=ベースボールに興じているうちに、異変が迫ってくる。
 本作のテーマはヴァーチャル・リアリティによる現実の浸食。仮想現実を現実化するシステムが人間たちを猫に変えてしまうので、どこを向いても猫ねこネコという状況になる。フリゲート艦のラジェンドラまでが猫皮張りの複葉機に変身してしまうという騒ぎ。この異変の背後にはもちろん匋[ヨウ]冥がいるのだが、現実に戦うのは巨大猫(太陽系外の生命体)、と猫尽くしの一編。

『敵は海賊・海賊たちの憂鬱』

 火星の無法の町サベイジ。宇宙海賊匋[ヨウ]冥の行きつけのバー軍神に太陽圏連合の次期首長候補マーマデュークの代理人が乗り込み、匋[ヨウ]冥とその海賊組織をぶっ潰すことを宣言。その代理人を護衛中の刑事のラテルとアプロは、町中で武器屋にマーマデューク暗殺を依頼される。マーマデュークは死んでも蘇るとしか思われない化け物で、人間ではないと言うのだ。一般には幻想の存在としてしか認知されていない匋[ヨウ]冥の実在を知っており、正義の人を標榜するマーマデュークとは何者なのか?

 長男がまだ小学三年生だった頃、初めて神林さんに会う機会を得た。ちょうど本作を読み終えたころで、神林さんに「マーマデュークって何なのかよくわからなかったんですけど、何ですか?」という質問をしたのである。うーむ。子供は怖い。すると神林さん「それはね、おじさんにもわからないんだよ」とサラリとかわしてしまった! マーマデュークを読み返すたびに、その話が頭に浮かぶのである。

『敵は海賊・不敵な休暇』

 ラテルとアプロの上司チーフ・バスターが、突然休暇を取ると宣言し、ラテルたちをチーフ代理に任命すると、高級リゾート地へと旅立ってしまった。そこで自伝を書くのだと言う。チーフという仕事のハードさに音を上げるラテルたちを尻目に、対匋[ヨウ]冥用の特殊捜査官アセルテジオは匋[ヨウ]冥を捉え、攻撃を開始した。アセルテジオには人間の脳内にある舞台に自分を含めた周囲の人間の意識を投影する能力を持っており、それを積極的に活用し始めたのだ。それは人間が考えた幻想が現実化して力を持つということと同義語だった。
 ヴァーチャル・リアリティをネタにしたようなストーリー展開だが、実は〈増殖する物語〉が今回の隠しテーマである。人が脳内で紡いだ幻想を現実へと移行させようとする生き物であることを逆手に取った発想が実にユニークだ。シリーズ中最長の作品で、アプロと匋[ヨウ]冥の直接対決が見られるところも本作の目玉。

『敵は海賊・海賊課の一日』

 ラテル・チームの一員である機械知性を持つ宇宙フリゲート艦ラジェンドラは徹底点検整備を受けていた。最終報告の段階で、ラジェンドラはしなくてもよい計算をしてしまう。それによれば明日はアプロの六百六十六回目の誕生日なのだ。アプロはヒマワリを食べながら眠りにつき、ラテルは過去を再体験するリアルな夢を見た。そして問題の誕生日、ラテルたちは臨時に苦情受付係を務めることになるのだが、やはり一筋縄ではいかない事件が持ち上がってしまうのである。
 アプロのような想像を絶した存在には時間を操作することができるのではないか、ラジェンドラのような機械知性もまた然り、というのが今回の話。時間テーマは『猶予の月』できわめられたかのようにも思えたが、神林にはまだまだ考えることがたくさんあるらしい。ラテルの過去が明らかにされたり新しい恋人ができそうだったりと、話題も満載。

『敵は海賊・A級の敵』

 海賊課刑事セレスタンは宇宙キャラバン・マグファイヤの消滅事件を追っていた。海賊課は知らなかったが、キャラバンは実は匋[ヨウ]冥も知り置きの女海賊が牛耳る組織だったのだ。あれほどの強者が一瞬にしてやられてしまうとはどういうことか、と匋[ヨウ]冥も独自に調査に乗り出す。一方匋[ヨウ]冥がからんでいることを知らされたラテル・チームも、セレスタンの捜査を支援することになる。
 本作ではセレスタンのデビューが衝撃的だ。彼はラテルのように射撃の腕が立つが、アプロのように食い意地が汚くて文句たれの我儘なので、相棒になる刑事がおらず、ベイビーピンク色の歩く装甲戦闘服を相棒にしているという変わり者。セレスタンが出てくるだけでただもうおかしいシリーズ六作目だが、SFの仕掛けは野生化したコンピュータ(『今宵、銀河を杯にして』にも登場した)に象徴される〈情報〉というヘヴィなもの。アプロと敵との戦いも、いつになくハードに描かれている。

『敵は海賊・正義の眼』

  タイタンの海に棲む生物を保護する運動をしているゲラン・モーチャイは、開発によって生物に影響を与えようとしている企業の親玉ヨーム・ツザキ(つまり匋[ヨウ]冥)の訪問を受ける。匋[ヨウ]冥はモーチャイをたたきつぶすため、彼の目の前で、保護対象の生物を殲滅してみせる。運動の意義を見失ったモーチャイは、夢の中で海賊たちを殺し始めるのだが……。
 カリスマ性が高く、正義を振りかざすモーチャイを、己の自由を阻害する存在とみなして匋[ヨウ]冥が排除しにかかる……という設定で始まるが、そのような設定が二転三転していくところに妙味がある。最初のその設定については、観念的で空疎な言葉が世界を動かしていくさまが、神林を苛立たせたのか、と勘ぐりたくなる。

『敵は海賊・短篇版』

●全四編を収録する短篇集。
「敵は海賊」対宇宙海賊課の刑事ラテルとアプロのコンビが登場する、記念すべきシリーズ第一作(ラジェンドラも出てはくるが影が薄い)。ある少女の叔父の行方を探すというミステリー・タッチの作品。アプロの性格などはずいぶんとおとなしいが、ここで描かれる宇宙海賊像と対海賊課像はシリーズを通じて受け継がれていく。
「被書空間」
 『敵は海賊・海賊版』と「スーパーフェニックス」で長篇短篇それぞれの星雲賞を受賞した記念に、この二つの世界をドッキングさせた作品。記念のトロフィーが二つの世界を結ぶ鍵となり、しかも、ジャムに対する一定の見解がはっきりと現れているあたり(やつらの敵は人間ではなかったのだ)に、サーヴィス精神を感じる。『雪風解析マニュアル』にも収録された。
「わが名はジュティ、文句あるか」
 《敵は海賊》シリーズの外伝。『敵は海賊・A級の敵』にちらりとその勇姿を見せたかと思ったらあっさりとやられてしまった女海賊マーゴ・ジュティを主人公にした話。夫を殺して海賊になった、今なら殺さずとも別の方法も考えられるが、当時は殺して自由になることしか考えなかった、と語ったジュティの、その夫との関係が、そしてそれが現在にまで及ぼしている影響が描かれる。女が惚れるようなかっこいいい女を書かせて、神林長平に勝てる男の作家はいない、と断言しよう。
「匋[ヨウ]冥の神」
 ランサス・フィラールの神官の家柄にあった男が、若き日に出会った匋[ヨウ]冥が語ってくれた神の話を語るという二重入れ子の作品。匋[ヨウ]冥のかたわらにいつもいる白い猫クラーラは匋[ヨウ]冥の良心だということになっているが、実は匋[ヨウ]冥の神である。若くてまだ多くを考えていなかった日、それを手に入れる羽目に陥ったのは、神の遺跡の探索という怪しい話に引っかかったから……。神林らしい「神」についての思考が展開される。

『敵は海賊・海賊の敵』

  副題「RAGENDRA REPORT」。ラジェンドラの報告という体裁を取っているが、さすがに無理があるので、結構適当である。
ランサス=フィラールで匋[ヨウ]冥を主神とする海賊教が流行する。少年ポワナはで匋[ヨウ]冥を求めて星から脱出。姉が彼を補足するため、ラテルたちの力を借りるという展開。
 主人公は匋[ヨウ]冥である。匋[ヨウ]冥が神化された己と対峙する。さらにかつて(海賊版)の恋愛問題まで顔を出す。シャルがかっこいいね。