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建築日誌
■世田谷代官屋敷■    2004年11月27日

 一昨日、病院の帰りに世田谷代官屋敷ヘと向かった。「ご沙汰を言い渡すので、速やかに参れ」とのお達しを受けたからである。
つまらない。しゃれにも冗談にもなっていない。「俺とお前の二人だけ」って、大滝秀治とサリー(岸部一徳はタイガース時代にこう呼ばれていた)のCMがあったけど、なぜかあれを思い出した。(笑)

それで、代官屋敷である。
世田谷中央病院の通りに(通称ボロ市通りともいう)、突然茅葺屋根の門構えが姿を現す。立派である。デペイズマンである。不可思議である。
とはいっても、ここには何度も立ち寄っているので、いまさら珍しいともなんとも思わない。「不可思議は慣例には勝てない。」と、突然分かった風な言葉が思い浮かぶ。
敷地内には、世田谷郷土資料館が併設されていて、世田谷の郷土を調べるには打ってつけである。特に、古墳についての資料が多いのはありがたい。世田谷は、横穴式古墳や前方後円墳など、意外と古墳の名所なのである。そんなことなど、世田谷に移り住むまではまったく知らなかった。

この代官屋敷は、「大場家住宅」といって、国の重要文化財である。明治維新まで、代々大場家が代官となって使われていたという。主屋は1737年、表門は1753年頃に建てられたらしい。

で、一体何を書こうとしたのか? そうだ、そうです、そうなのです。
屋敷内に、とっても可愛らしい宝物を見つけたのだ。
六角形をした平面に、宝形造りの屋根を乗せた、キュートな小屋である。緑色一色というのが、また堪らない。
郵便ポストのようで、昔の遊園地の切符売り場のようで、お堂のようで。……まるで法隆寺の「夢殿」を髣髴とさせる絶品である。
恐る恐る中をうかがう。見ると、中には竹箒が5、6本収納されてあった。そうです。そうなのです。
実は、これは物置小だったのだ。しかも、現役。立派な現役である。

表門
  世田谷代官屋敷・表門


主屋
  主屋

物置小屋
物置小屋