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建築日誌
■岡本民家園■    2004年12月10日

静嘉堂文庫の裏門をくぐると、すぐ目の前に急な階段状路地がある。階段状路地などと、まったく趣のない言葉を使ってしまったが、実際は、秩父あたりの山を下っていく感じで、なにやら民家らしき敷地に迷い込み、恐る恐る踏み込んでいくような……、そんな風情の路地である。

その先に「岡本民家園」がある。これも、本当に入って構わないのだろうか? などと思ってしまう、いや、実際よく見なければ案内も何もないただの田舎の民家の庭そのものである。
畑には、○○エリアなどと縄張りがなされ、まるで学校の畑で「6年1組」などとスペースを区切ったような趣である。面白い。これは是非とも入って見なければならない。
畑を突っ切ると、八幡様の鳥居があった。これも急な男坂で、登るのに躊躇する。右・左と石畳を抜けて、ようやく民家園にたどり着く。やっぱりそうか? どうやらここは裏口のようだ。

中には立派な茅葺屋根の民家があった。もちろん、初めからあることは知っているのだが、こんなに立派だとは思わなかった。
「旧長崎家住宅」江戸後期に建てられた寄棟作りの民家である。壁は漆喰で、当時の本百姓の一般的な形式であるという。元々は瀬田にあったらしく、前述の代官屋敷と並ぶ力を持っていたということだ。
建物の中では、おばあさんが外人の子供と父兄に、囲炉裏を囲んでお話をしていた。子供は熱心に話を聴いている。これこれ、しかじかで……、まさか、遠野物語なんてことはないだろうが。
玄関先の団扇に目が付く。からすの団扇である。はて? なんだろう。……気になって仕方ない。

同敷地に「旧浦野家住宅土蔵」がある。この日は、俳句の入賞作を展示していた。スリッパに履き替え、中を観察する。こちらも江戸後期に建てられた古いものである。置屋根、桟瓦葺。観音開きの扉があり、入り口は平入り。奥行きの深い庇が威圧的である。

戻ってからネットでからすの団扇を調べてみる。すぐにヒットした。よし、分かった! これである。
府中にある大國魂神社、7月20日の「すもも祭り」でからすの団扇を配布するという。
「五穀豊穣・悪疫防除・厄除の信仰をもつとされ、この扇を以て扇ぐと、農作物の害虫は駆除され、又病人は直ちに平癒し、玄関先に飾ると魔を祓いその家に幸福が訪れるといわれる。」
このあたりの民家では、みんなからすの団扇を飾っていたのだろうか?

旧長崎家住宅 
旧長崎家住宅

からすの団扇 
からすの団扇

旧浦野家住宅土蔵
旧浦野家住宅土蔵