Isidora’s Page
古雛の家

 ●形あるものはすべて壊れる●           2004年3月13日 

 春の嵐が吹き荒れている。小学校の校庭の土ぼこりが、校舎よりも高く巻き上げられてゆくのが見える。子供たちは出掛けたし、プレーリードッグはお昼寝をしているので、家の中は静かだ。こうして一人でいると、しみじみと春だなあと思う。
 春になると、どうしてだか、いろいろなものが壊れる。おととしは、家電リサイクル法施行の直前に冷蔵庫が壊れた。もはや同形のものが製造されていない薄型の、レンガ色の冷蔵庫で、ものすごく気に入っていたのに。今年は、この2月に13年あまり使ったテレビが壊れた。受像機から直線的に出る光を、磁力か何かで画面全体に画像を広げているのではないかと思われるのだが、その広げる機構が壊れてしまったらしい。横に数ミリの幅で光の帯が出来ている。ちらちらと輝く。ときどきそれが瞬間的にぱっと上下に広がる。なんだか綺麗。
 今どきの電気機器の故障では、ましてテレビともなれば、素人にできることは一つしかない。すなわち、叩く。というわけで、私と次男が叩いてみたが、直らない。長男が帰ってきて、一発叩いたら……直った。さすが。
 「お兄ちゃんは加減というものを知らないからな」
 「なぐる!」
 ともあれ、叩けば、しばらくは直った。一旦消してつけるとまた広がらない。思いきり叩けば直る。どうして叩くと直るのかがよくわからない。いろいろと推測が飛び交うが、テレビの根本技術がよくわかっていないので、お話にならない。とにかく叩いては直して使っていたが、所詮、応急処置に過ぎない。古いものだから部品がある可能性も少ないし、直すと言っても高かろう。結局、買い替えねばなるまい。
 昔、テレビが壊れると、真空管を取り換えたりした。夫は自分でそれをやったこともあるという。私が子供の頃の恐怖の思い出に、テレビを見ていたら、突然、テレビから煙がもくもくと出て来たということがあった。どうしてそんなふうになったのかについては私にはわからないのだが、そんなことも昔はあったのだ。ずいぶんと遠くへ来たのだなあと思う。
 さて、テレビ画像は将来すべてデジタルになるそうで、電気屋に行けば、液晶だのプラズマだのばかりが並んでいる。しかし、ある程度の画面の大きさになると、高い。価格.com で見ても、それでも高い。次男のお気に入りのテレビ番組「所さんの目がテン!」で、液晶やプラズマ・テレビを取り上げていたのだが、それによると、液晶は早い動きにはやや弱いとか。やっぱりプラズマだよね、と次男。プラズマ・テレビって何だか分らないけど、その方が何だか良い、だからプラズマ、と長男。冗談ではない、いくらすると思っているのか。そこで、提案。長男が一校だけ受けた私立に落ちたら、入学金(たとえ合格しても行く可能性が低いので、一種の捨て金になる)を払わなくて済むから、そのお金でプラズマを買うことにしよう。これならば、プラズマ・テレビにならなくても、文句は言えまい。
 その後一週間、騙し騙し使っていたが、ついに何度叩いてもなかなか反応しなくなり、やっとついたと思ったら、色が全体に褪せてなんだか青っぽい、というふうになってしまった。あーあ。テレビがないとDVDも見られないんだよね。早く発表にならないかしら。
 2月26日、発表日である。長男は、可及的速やかにテレビを買っておくように、と言い残して、国立大学の試験を受けに行った。本人は合格するとは思っていないので、落ち着いたものである。
 ちなみに、長男の受験番号は0と1と2だけで出来ていた。ある日の会話。

私「早稲田大学の受験番号って三進法で出来てたりして。受験番号を探すのに苦労する」
長男「僕の番号は20102112だったよね、あれ?20102121だったっけ? 20112112かな?……」
私「うんうん(にこにこ)」
長男「バカか。お母さんの出た学校ってのはそんなにアホなのかよ」
私「いや……そうだったらおもしろいなあと」

 朝、パソコンをつけて、合格者発表のページへ行き、当該受験番号のページを開いた。すると、この番号帯には合格者はいません、と出るではないか。ガーン、この周辺の番号は全滅なのか……500人ぐらいずつのページ分けとなっているのだから、そんなことあるわけないのに、瞬間的にそう思う。ほかの番号帯もみんな同じことしか書いていないのを見て、発表はもっと遅くからなのでは、とようやく気付いた。結局午後二時頃に再びネットを見る。長男の番号は……あった。なんとまあ。残念なことに三進法ではなく、普通の十進法だった(当たり前だが)。念のために、電話サーヴィスによる確認もし、さらに、浮かれたバカ親はどれぐらいの辞退者を見込んで合格させるのかカウントまでしてしまった。
 話は逸れるが(まあもともと何もないような話なので、逸れるも何もないのだが)、そのカウント結果によると、早稲田ではおよそ二倍の人数を取る(だからうちのも通ったのだ)。旧帝大や他の私立などに合格して辞退する者が例年それぐらいいるということか。ともあれ、ほぼ半数は入らなくて、入学金を捨て金にするわけだから、その金額だけで30億(あくまでも概算)。おそらく受験料だけでもそれぐらいはいくはずで、早稲田大学というのは、上位私立校として受験者に苦労しないばかりか、すべり止め校としても有力な、稼げる学校なのだ。それでなおかつ小学部で寄付を数百万要求するとは。まったく図々しいにもほどがある。
 さて、ひとしきり浮かれると、テレビを買いに行くことになった。それなりの大きさで、一番安いので、入学金の1割ほどである。BSチューナーがついていないが、まあいい。どうせ見ない。うちでは、時計がわりの朝のニュース、アニメ数本、次男の趣味の何本か(テレビ埼玉でやる古い時代劇など)ぐらいしかテレビを見ない。DVDやビデオを見る私がテレビ占有率がいちばん高い。昔は子供たちがテレビゲームをしたので、テレビ使用率が高かったが、今ではみんなパソコンを使うので、テレビは本当に使われなくなった。この新しいテレビは、だから結構もつだろう。(長男はソニー時間で故障するだろうと言っているが……。)

 壊れたものがもう一つある。長男のベッドである。木の枠に、夫の手作りの重たい簀の子が載せてある。上に布団を敷くタイプ。そこへ長男がストレス解消のためだか何だか知らないが、勢い良くダイブする。木枠は耐えきれずにミシミシと……そしてついにバキッといった。枠を新たに作り直すのでなければ、修復不能なので、新しくベッドを買うことにする。
 近所の大手家具チェーン店に早速出掛けた。天気が悪い平日のせいか、人出が少ないように見える。いつも家具売り場は閑散としているのだが、今日は誰もいないではないか。どのベッドもいまいちだなあ、使えるのはこれぐらいか、などと見ていると、店員がそばにやってきて、
「申し訳ありません、今日は棚卸しなので、お店は休ませていただいているのですが……」あーそれで人がいなかったのか。「入れましたか?」入れたからここにいるんだろうが。ほかにも店員に会ったけど、何も言われなかったしね。
 チェーン店が全店棚卸しだというので、別の店を何軒か回ったのだが、結局ろくなものがなく、ベッドをリアルで買うのはやめにした。で、その後とある通販に申し込んだが、配達日が四月末ごろになるという。御冗談でしょ。というわけで納期の確実な別の通販に申し込んだ。両方とも通販の会社としては相当に有名なところだが、こんなふうに、客を得たり失ったりするのだ、と思う。子供の時からずっと製造業なので、納期の大事さというのは身にしみているが、こういう事態に出会うと、製造元、流通経路、そして販売店の在庫などの関係についてつい考えてしまう。まったくやくたもない。
 さて、壊れたベッドはやがて暖炉の薪になる予定である。

 この強い風の中、次男は近所のソフマップにノートパソコンを見に出掛けた。父親からもらった古いメビウスを使っているのだが、もう壊れかけているので、新しいノートを買おうとしているからだ。壊れているとは言っても、春になって壊れたわけでなく、かなり前から調子が悪い。まったく起動しなくなったこともあって、その時には、長男の助けもあって何とか回復したが、動作は不安定だ。半年以上も蓋が閉まらないままだし(無理に閉じると、開かない)、最近では、時々パッと真っ白になってしまう。古いので、CPUの性能も悪い。新しいパソコンをずっと欲しがっていたのだが、勉強をちっともせずに、パソコンで遊んでばかりいるので、買っちゃダメ(貯金をおろして自分で買う)、と言われてきたのだ。なにしろ次男は、定期テスト一週間前はパソコン禁止、勉強をしなさい、と言えば、テスト前やテスト期間には、パソコンは使わないが、9時半ぐらいに寝てしまう。そして、試験が終わったその日から夜中の12時までパソコンで遊んでいるといった具合なのである。かといって、マニアとかオタクといったレヴェルではまったくない。鶏が突然へんちくりんな声で鳴いて、弾を四方に発射する、というようなわけのわからないゲームを作って遊んでいるだけだ。とても高校生レヴェルとは思えない。ともあれ、成績が悪ければパソコンは禁止のはずだった。ところが今回、学校で強制的に受けさせられた進研模試と河合塾の模試が両方とも良かったので、パソコンを買うな、とは言えなくなってしまったのである。
 次男の河合塾の模試については、驚いたことがある。たいていの模試には、中学受験だろうが大学受験だろうが、志望校を記入する欄がある。偏差値などから合格可能性を判定してくれるもので、それが現実的に当てになるかどうかはともかくとして、一応の目安にはなるので、たいていの子が記入している。次男も現在の志望校を記入したのだが、その模試の成績表が返ってきた直後、河合塾ではない受験産業の業者から電話が掛かってきた。「おたくのお子さんですが、××大学を志望しておいでのようですし、うんたらかんたら」。おいおい、河合塾からそういう情報が外部に流れているわけか? 信じられない。一瞬、河合塾の冊子「アンテナ」に志望校と名前が載ったせいかとも思ったが、それでは電話番号がわからないし、手持ちのリストに合わせて志望校を確認するなどということは面倒だから、やったりしないだろう。やっぱり河合塾から、ほかのところへも情報は流れていくのだ。河合塾は、模試を受ける生徒数が非常に多いので、そのような学生データの一大集積地。まったく呆れた話である。この業者は、私がいつものように、塾は結構、と言っても、その言葉は完全に無視して、いつまでも肝腎の要件を言わないまましゃべり続ける。最近、しつこい勧誘はめっきり減ったので、こういうパターンは珍しい。ともかくも次男はまだ高一だから、当分こうした電話が絶えることはないのであろう。自宅への電話はほとんどがこの手の勧誘電話なので(そうでない家がどれほどあるだろうか?)、だいたい無愛想に電話に出ることにしている。自宅へお電話を下さる皆さん、ごめんなさい。
 今日は、駿台からも電話があった。これは長男の方で、模試を受けた人への合否の追跡調査であった。まだ後期日程の発表も終わっていないのに気の早いことだ。電話をされる方も、受かっていればどうということはないが、志望校に合格できなかった人、浪人の決まってしまった人は、さぞかし不愉快だろう。たとえ率の良いアルバイトだったとしても、こんな電話をかけるのは、私なら御免こうむりたい。また、電話口では、無理にとは申しません(当たり前だろうが、そんなことは)、この情報が外へ流れることはありません、と言っていたが、どんなものだか。信用できるわけがない。だいいち本当に駿台なのかどうかすらわからないではないか。
 話はどんどん逸れるが、長男の親友が、とある案内書の申し込みの保護者欄に「○○[これは名字よ]ラビアンローズ」(花の名前。古い映画だと踊り子さんとか娼婦さんとかそういう関係の人の通り名に使われる。今はオタクのためのキャラ。何だか分らない人は、Googleのイメージ検索で見て下さい)と書いたそうな。自分の名前はもちろんちゃんと書いた。そうしたら○○ラビアンローズ様で案内が届いたという。郵便局は、そういうふざけた名前でも届けるのだ。しかもさらに、まったく別の会社から、○○ラビアンローズ様でDMが届いた! 親友は、情報を流すなよな~と怒っていたそうだが、何というか、こんなことを書くほうも書くほうだ。その結果として機械的に情報が処理されて、いろいろなところを経めぐっていくというのも、滑稽で、そして空恐ろしい。ともあれ、そういう細工をすると、どことどこが情報を共有しているのかが分ってしまうとも言える。最近、データの流出がよくテレビ・ニュースにもなるけれど、そんなことはいつだってどこだって起きていることなのではないだろうか。
 ちなみにこのユニークな友人は、もちろん典型的なオタクで、中堅私立大の哲学科に進学する。(哲学2ちゃんには「チベットへ行って悟りを開いてきた、何でも聞いて」というような爆笑物の書き込みがある、ということを教えてくれたのは、彼である。)