■小笠原伯爵邸■ 2006年01月04日
みなさま、空けまして、いや、明けましておめでとうございます。(笑)
お正月、いかがお過ごしでしょうか?
いよいよ明日から、仕事始めのお方も多いものと存じあげます。
小生の正月は、完全なる寝正月で、今年一年の睡眠を全て使い果たしてしまいました。
明日からは、一年間寝ずに、仕事に邁進する所存でございます。(んな訳がない!)
さて、今年初めての建築日誌でございます。
と、語尾がまだ正月気分から抜け出せない。(笑)
昨年末、正月用にとっておいたデータを全てなくしてしまったので、ちょっと意気消沈しております。
いいえ、別に過去を清算しようとしたのではありません。
もちろん、証拠隠滅の目的でもありません。と、誰かに突っ込まれる前に、先に言っておく。(笑)
で、年始にふさわしい、豪華絢爛な建物からスタートしたいと思います。
小笠原伯爵邸。
RC造2F建・地下1F。
昭和2年(1927)竣工。
設計は、曽禰中條建築事務所。
施工は石井組。
大江戸線、若松河田駅のすぐそばにある。
小笠原家と言えば、あの小笠原流礼法の宗家で有名な小笠原家のことである。
同じ「宗家」でも、「モトヤチョップ」のあのダブル・ブッキング親子のことではない。(笑)
小笠原第30代当主・小笠原長幹伯爵の元本宅。
東京都中央児童相談所を経て、2002年からレストランとして改修されている。
料理はスペイン家庭料理――だそうである。
建物の外観も、スパニッシュ瓦を使ったスペイン風のデザイン――だそうである。(笑)
まあ、スペイン料理だろうがメキシコ料理だろうが、いちいち家庭料理を出すのに、こんなに豪華に飾らなくてもいいのに。……(笑)
設計は、泣く子も黙る曽禰中條建築事務所である。
注:曽禰中條(そねちゅうじょう)さんという個人名ではありません。念のため。(笑)
曽禰達蔵と中條きよし、いや、中條精一郎とが創設した、戦前最大の設計事務所である。
曽禰達蔵は、工部大学一期生四天王の一人。
中條精一郎は、昭和49年「うそ」が大ヒット! いや、作家宮本百合子の父であり、建築界の重鎮である。(すいません)
建物的には、珍しいスパニッシュ様式を採用しているが、全体的な印象としては意外と質素である。
まずは、外壁の汚れが目立つ。
掻き落としという工法を採用しているためか、塗り替えてもすぐに汚れてしまうのだろう。
玄関のガラス製大庇(ぶどうの模様)と、シガールームの装飾タイルが圧巻である。
全体的に「鳥」をモチーフとしており、キャラメルの包装紙のような可愛いデザインである。
しかし、外観の見せ場はこれだけである。
他は、汚くて見ていられない。(笑)
さすが曽禰中條、メリハリの利いた経済的なデザイン手法を取っている。(爆)
内部は、これまたシガールーム(喫煙室)の装飾が印象的である。
これぞ、スパニッシュ!
いや、イスラム風でした。(笑)
床の大理石モザイクと天井の逆ドームとの対比が、何とも伯爵邸なのでございます。
禁煙してずいぶん経つが、この部屋なら一本くらい吸いたいなぁ~と思う。
いや、思っただけですが。(笑)
そうそう、案内役のお嬢さんがいて、見学者はこの部屋からスタートするのである。
きっと、伯爵家に訪れたお客さんもここへ案内されて、しばらくの間待たされていたのでしょうね。
わざと、見せびらかすためにね。(笑)
小生は案内役がウザイので、一人であっちこち写真を撮りまわる。
「お客さん、ここは立ち入らないでください」と、何度も注意を受ける。
ちぇっ!「写真撮り放題だと言ってたくせに、入れない部屋もあるのでご注意ください。」と、スガジー風ギャグ!(皆さん、応援してあげてください/笑)
パティオには、キノコみたいな形の暖房機が置いてあったが、客は誰もいない。
チャンスなので、穴の開くほど写真を撮る。(笑)
屋上に上がる。
正装した店員がテントをたたんでいるほか、面白いものはなかった。
レストランが閉まるまで、しぶとく写真を撮る。
「もう、終わりでございます」と、店員に告げられる。
仕方なく外へ出る。
帰りしな、中庭へ出て更にしつこく写真を撮る。(これも料金の内なのだ!)
で、そこで面白いものを見つけた。……
なんと、鶏である。
大きな鶏のオブジェである。
児童相談所時代の遺品であろうか?
何か書いてある。
文字が小さくてよく読めない。〈うそ、何語だか分からないのです)
どうやら、鶏の形をした料理用グリルであるらしい。
伯爵は、これでメイドにスペイン料理を作らせたのであろうか?
いや、好物の焼き鳥だったかも知れない。
いずれにしても、小笠原流であることには間違いない。(笑)
小笠原伯爵邸玄関庇
玄関
シガールーム
シガールーム天井
シガールーム外壁
パティオ
屋上
室内
室内
窓
鳥型のグリル
お猿の守り神