Isidora’s Page
建築日誌
■和光(旧服部時計店)■    2006年08月12日

世間は盆休みである。
盆休みには、田舎へ帰り、お墓参りをして、先祖の霊を供養する。……
が、いつしかそんな風習も失われ、お盆には海外へ遊びに出かけるお方が年々増えている。
わざわざあちらの教会へ行って、じいちゃん、ばあちゃんの霊を供養するのかもしれない。
盆も、グローバルになったものだなぁ~と、きっと草葉の陰でご先祖様も喜んでいるに違いない。(笑)

というわけで、小生の事務所も盆休みに突入です。
ただし、休めるのは所員だけで、小生は相変らずの仕事です。
日曜日も休めず、仕事をします。
ああ、仕事です。
仕事仕事、仕事一辺倒です。
小生は仕事が何よりも大好きなのです。(泣)

と、なんか、去年も同じようなことを書いているなぁ~。(笑)
先祖の墓参りもしないで、親父やばあちゃんの墓参りもしないで、こうして言い訳している。
うらむなよ、父ちゃん!
こうしないと、田舎の母ちゃんを養っていけないんだぜ!
と、極楽浄土にいる(はず)の親父に問いかけてみる。
おいらもすぐに、そっちへ行くからよ~。(笑)

さて、そういうわけでネタがないので、この間行った銀座の様子です。
銀座といえば、柳です。

♪ 昔、恋しい、銀座の柳~

ですが、柳がなくなった今では、銀座というと和光です。(笑)
新宿ならば、アルタ前。
渋谷ならば、ハチ公前か109前。
待ち合せのメッカです。
銀ブラ(銀のブラジャーではありません)を楽しむ者は、ここ、4丁目和光前で待ち合せるのがとってもハイカラなのです。
有楽町の、ビックカメラの前ではいけませんよ。(笑)


和光ビル(旧服部時計店)。
昭和7年(1932)竣工。
設計者は、上野の旧東京帝室博物館を設計した渡辺仁。
彼は、帝冠式から新古典主義、ルネサンス様式と、社会的なイデオロギーにかかわらずなんでもこなす。(笑)
「ファシスト仁」と非難する向きもあるが、この服部時計店などを見ると彼は決してファシストではない。
どちらかというと商業主義である。
角地に、シンボルとしての時計塔を設け、銀座のランドマークを形成する。
待ち合せには時計が必要!
まさに、モボ・モガのハイカラ意識を先取りしている。(笑)

この和光、元々は服部時計店(服部セイコー)の小売部門の一部が独立したものである。
創業者は服部金太郎翁。
明治28年、この地に高さ15メートルの時計塔をかねた店舗を構えている。
したがって、時計塔はもともとあったので、渡辺仁の発想によるものではない。
当時はドイツ製振り子時計だったようだが、昭和41年には国産クオーツ式に変わっている。
初代ゴジラがこの建物を破壊した時は、まだ振り子時計の時代のようだ。(笑)

時計店のビルらしく、フリーズに相当する小壁には、5種類(6箇所)のメダイヨンが飾られている。
貴金属を示す「カップ」「砂時計」「商業の神(マーキュリー)」(蛇と何とかと羽です/笑)「転鏡儀」(測量で言うトランシット)「服部時計店のHの称号」(変態のHではありません/笑)

今では、こういう紋章よりも、はるかに効果的な「ショウウインドウ」しか誰も見ない。
しかも、彼女の前での薀蓄は逆効果!
「オタク」と呼ばれて嫌われますので、ご注意ください。(笑)

和光(旧服部時計店) 
和光・賑やかな4丁目交差点から
玄関アップ
玄関アップ
見上げ(その1) 
見上げ(その1)
見上げ(その2) 
見上げ(その2)
見上げ(その3) 
見上げ(その3)
カップ 
カップ
砂時計 
砂時計
マーキュリー 
マーキュリー
転鏡儀 
転鏡儀
「H」 
変態の「H」(じゃないって/笑)