主人:「お~い、定吉! 釘を打つから、お隣から金づちを借りておいで。」
定吉:「へ~い!」
…………
定吉:「あのう~。 お隣の旦那が、釘を打つと金づちが減るから貸せないって……」
主人:「なにぃ~! 随分ケチな野郎だな。(怒)
いいよいいよ、しょうがない。 うちのを使いなさい!」
☆
古典落語に、「味噌蔵」というケチ話がある。
女房は飯を食うからという理由で、四十に手が届くのに未だ独身でいる味噌問屋のケチ兵衛さんのお話。
ん?
いいえ、宗男はケチで独身でいるわけではございませんよ。
じゃあなぜだって?
いや~、それは女房をもらうと、引く手あまたで「一人」に絞れないから……
って、すいません。
ちょっと言ってみたかっただけです。(笑)
☆
その「味噌蔵」に、不可解なくだりがある。
しばらく店を留守にするケチ兵衛さんが、番頭さんにくれぐれも火の用心に心がけてくれと注意を与える。
「万が一、よそから火が廻ってきたら、商売物の味噌で蔵の目塗りをしなさい!
急場の火事に左官屋を呼んでいたのでは間に合わないから。……」
と言うことなのだが、このくだりが宗男にはしばらく意味不明だった。
古典落語は、まさしく「古典」であって、現代では意味の通じないくだりがしばしばある。
この「味噌で目塗り」もその一つで、宗男は建築学的観点からこれを調査してみた。(笑)
☆
土蔵(蔵造り)が技術的に進歩したのは、明治に入ってからのことである。
これはもちろん、防火を目的としたもので、いかに外からの火を中に入れないかが勝負である。
一般に見られる観音開きの扉には「じゃばら」という段々の「めし合わせ」がついていて、この分厚く、複雑な構造で火の入りを防ぐようになっているのだ。(写真上参照)
しかし、これでもまだ完全ではなく、火事のときはこの隙間にさらに左官屋が粘土または味噌を塗るのである。
これが落語のくだりにある「目塗り」である。
いや~、勉強になるなぁ~。(笑)
味噌は塗ったあと、程よい具合に火に焼けてたいへん香ばしくなるという。
火消し衆は、火事のあとこの焼け味噌で一杯やったという。(←ほんとか?)
☆
大沢家住宅。
寛政4年(1792)竣工。
切妻屋根、瓦葺。
設計・施工不詳。
☆
この建物、いったいどこに味噌を塗ればいいのだろうか?
はい、そうなんです。
この建物には、味噌を塗る窓がありません。(笑)
明治26年(1893)、川越では町の1/3を消失する大火に見舞われる。
この大沢家はそれ以前の建物で、周囲が焼け落ちても、見事ここだけ残ったという。
つまり蔵造りの防火性能を証明した訳で、以後川越には続々と蔵造りが流行すようになった。
まあ、スピード社の水着のようで、この流れは誰にも止められない。(笑)
大沢家は、川越で現存するもっと古い土蔵なのである。
明治以降、蔵造りが形式化される以前に建てられた、江戸風蔵造りのテイストを残す貴重な遺構なのだ!
☆
前面ファサードは、川越唯一の「土格子」による「千本格子窓」で構成されている。
はい。
よーく数えてください。
千本と言っても、実は百本にも満たないですね。(笑)
内部がこれまた秀逸で、どういう訳かここにもメタボリック症候群が立ちはだかる。
これまた、よーくご覧いただきたい。
宗男のお腹のように、メタボってますね。(笑)
でもこれ、近くから見ればこのようにメタボっている壁ですが、遠くから見るとなんと平坦に見える「カラクリ壁」なのです。
なに?
宗男のお腹もカラクリかって?
うう~ん、宗男のお腹はイリュージョンかな?(←意味不明)
☆
大黒柱も立派で、ものすごく太いです。
いや、赤い絨毯は関係ありませんので、あまり気になさらないでください。(笑)
そしてこの建物の圧巻が、数奇を凝らした床の間の意匠である。
床柱は、くねくねと曲がった山椒の木(かば焼きにふりかけるあの山椒)を使用している。
「中抜き」と言って、曲がった木の間を切って使っているのだ。(「中出し」とは意味が違いますので、ご注意ください。)
そして、この鋭利な落とし掛け(床の間の垂れ下がっている壁の下の部分)。
これは「吊りしっくいかもい」といい、しっくいだけで塗り固められ中に芯材は一切入っていないすぐれもの!
まるで皮下脂肪が徐々に貯まるように、少しづつ塗り固められたもののよう。(笑)
通称「ギロチンかもい」ともいいます。
これぞ職人の技!
なんと、この下で寝る悪人の首を切る「からくり」なのである。
えっ?
どうやってギロチンを落とすのかって?
この床柱を金づちでたたくと、その振動で鋭利なギロチンが下へ落ちるのです。(←うそ)
主人:「お~い、定吉! ギロチン落とすから、お隣から金づちを借りておいで。」
…………
主人:「なにぃ~? 金槌が減るから貸せねえって~。
まったく、ケチな野郎だね~。 おいっ! 金槌は使うんじゃない。
落とすなら、経費で落としなさい! 」
お後がよろしいようで。(笑)
【所在地】埼玉県川越市元町1-15-2 グーグルマップ
大沢家住宅
明治中期、川越の土蔵造り。2階観音開きの扉(じゃばらの様子)。
窓下の白い台は目塗り台。
千本格子(土格子)
メタボ壁(柱のきわをよーく見てください)
9寸にも及ぶ大黒柱
床柱と落とし掛け(吊りしっくいかもい)
揚げ戸の収納