『映画の生体解剖』成立までとこれから
2010年4月……かなざわ映画の会・代表小野寺生哉さんが稲生平太郎さんにカナザワ映画祭のトークショウに出てほしいとコンタクトを取った。トークショウのお相手には映画監督・脚本家の高橋洋さんを提案。すべてはここから始まった。
実はこの時点では稲生さんはカナザワ映画祭についても高橋さんについてもほとんど何も知らなかった。しかし出演を決める。その後、小野寺さんは高橋さんにも依頼。高橋さんも快諾した。もともと、2006年に、カナザワ映画祭の前身となるイベントに高橋さんは招かれたことがあり、その時の話題で稲生さんの「アムネジア」がスゴいとの話題が出ていたので高橋さんにはすんなりと話が通ったのである。一方、稲生さんは、折よくこの年の夏に公開された『恐怖』を観るなど、泥縄式に勉強を開始。同時にイベント当日まで頻繁なメールのやり取りでトークの内容を詰めていき、8月に東京で初めての顔合わせ(なぜか黒沢清監督も同席した)。
そして2010年9月18日カナザワ映画祭でトーク・ショウ。一風変わった映画の上映、高橋さんの妄想話で、会場はしばしば爆笑の渦に巻き込まれたのだった……(詳しくは「カナザワ映画祭トーク2010完全版」を参照)。
その後、トーク・ショウは文学の話などを除いてコンパクトにした形で『映画秘宝』(洋泉社)に掲載。
その編集作業中も、稲生、高橋の間で映画についてメールの頻繁なやりとりがあり、一冊の本にならないだろうかというアイデアが浮上する。洋泉社の編集者である田野辺尚人さんに打診したところ、前向きに考えたいという回答を得る。
本の企画を固めるために、稲生、高橋の間でメールでのやりとりはさらに頻繁となり、2011年夏、高橋さんが勤務する映画美学校で、生徒たちを前にしてブライアン・デ・パルマ『悪魔のシスター』について語り合うのを皮切りとした。……が、なんと録画したはずのこのパイロット版対談は紛失の憂き目に遭う。
その後、2012年春、夏と二度にわたって長時間の対談を行う。トークの量はそれなりに溜まったが、稲生、高橋の話があまりに多岐にわたって混乱状態に陥る。
ここで石堂藍が参加。稲生さんが映画の本が一向に進まなくて困っているというので、「参加させて」と石堂から頼み込んだ。
石堂はこれまでの対談の起こしをチェックして、再構成。「読み物」としての体裁を整えて、たたき台を作り、さらに全体の構成を提案して、不足分について追加の対談を行うことを提言。
たたき台を関係者に読んでもらった感想を聞いて作った最初の本格的な構成案がこれ。
a. プロローグ……映像体験
b. 映画の欲望を知れ!
i. 手術台
ii. 放電・光
iii. 沼・水
iv. 悪あるいは恐怖の源
c. 見るべきところはここだ!
i. 恍惚と恐怖
ii. 超自然の感覚
iii. 通俗と神話
iv. パラノイア
d. 映画の歴史を書き換えろ!
i. 手法
ii. 時間
iii. 詐欺
iv. 分身
dの部分は対談としては存在せず、メールのやりとりや、内容の中から浮かび上がってきたもの。「時間」については洋泉社の田野辺さんから必ず入れるように、と言われたもの。
d-1 が「映画がリアルを支配する」へ、「詐欺」というのは霊媒関連の話のことで、むしろ異界につながる話に展開し、「分身」は「姉妹」となった。
分身妄想というのは、高橋さんが非常に強くとらわれているモチーフのようで、「恐怖」を感じるという映画はそのモチーフ。高橋さんのこだわりを通してこれを敷衍してみると、「いるはずのないものがいる」ということになるようだ。「自分の分身を見ると近いうちに死ぬ」という俗信があるが、そういうものとも通じるような。
どの章から読んでもいいような感じに、つまり拾い読みが可能なように構成。とはいえ、「前にも言及した~~は……」みたいな言葉が出ないわけにはいかなかったし、注も初出の時のみ付いている。
このたたき台に、高橋さんが訂正を加えて、現行の形に。
スカイプを使って会議を行い、2013年夏には二日にわたって対談を行い、全体を思うような形にまとめ上げた。
さらに、全作品への注付け、コラムの挿入、高橋・稲生の補注、索引と、ページも作業もとどまるところを知らぬ……といった趣。最後は時間との戦いで、2014年2月、ようやく完成・刊行にこぎ着けた。実に足かけ5年の企画であった。
高めの定価だが、それだけの内容のある本となったと自負するものである。
そして『映画の生体解剖』はまだまだ続く。
2014年5月には御茶ノ水のESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)にて『センダー』などのフッテージ上映と高橋・稲生のトークショウを開催。このイベントで高橋さんは「クローネンバーグは別に好きじゃないんだけど云々」と発言。高橋さんは何かというとクローネンバーグに言及するので、クローネンバーグが好きなんだな、と石堂は思っていたが……別に好きじゃなかったのか!
2014年9月のカナザワ映画祭では、高橋さんが映画のコラージュ『映画の生体解剖ビヨンド』を製作し、上映。そして塩田明彦さんを迎えて、高橋・稲生三人でのトークショウを行った。これもまたダイジェスト版が『映画秘宝』に掲載された。
現在、このトークショウの完全版と、関連エッセーその他を集めて、電子書籍を製作し、アマゾンで販売する計画が進行中である。
さらに、2015年3月には、アップリンクファクトリーで、『ビヨンド』の上映会が企画されている。
そして9月にはカナザワ映画祭で三度目の、高橋・稲生のトーク・ショウが行われる。ゲストもいるかも? しかし詳細はまだ明らかになってはいない。