神林作品ガイド②★連作長篇★
『戦闘妖精・雪風』
地球は正体不明の異生命体ジャムからの攻撃を三十年にわたって受けていた。その攻撃を食い止めているのは惑星フェアリイの前線基地にいるフェアリイ空軍=FAF。中でも情報収集を任務とする特殊戦は、理解の及ばぬ敵と闘うためには必須の存在だったが、友軍を見殺しにしてでも戦闘情報を持ち帰らねばならぬという非情さを要求されていた。その特殊戦のパイロット深井零と高度な戦術電子偵察機・雪風の不条理に満ちた戦いの日々を描く連作短篇集。正体も目的も不明、しかも闘う相手に擬態する――つまり人間や戦闘機の完全なコピーを造り出して敵を騙す、不気味としかいいようのない存在との絶望的な戦闘を描きながら、闘う=生きるとはどういうことか、機械と人間の関係とは何か、異質な存在との相互理解は可能かなどの、神林作品における根源的なテーマが物語の中で練り上げられていく、完成度のきわめて高い作品である。
意表を突く展開の連続で、驚愕のラストまで息もつかせない。インベーダーとの対決を描いたものとしてはきわめて特異で、むしろ機械と人間の相克を描いた作品として位置づけるべきかもしれない。ともあれ通常の戦争SFのパターンに馴れきった読者に揺さぶりをかける一作であろう。
人間的感情に乏しく、機械にシンパシイを寄せる孤独な主人公・深井零は現代的で印象的なキャラクターだが、本書の魅力はやはり戦闘機・雪風にある。人間の甘い思い入れをはねのける無機物としての圧倒的な存在感は感動的だ。コクピット越しに見る空ではなく、機械の描写がそのまま詩になっている――これはそのような小説なのだ。
個々の作品は短篇としても読めるので、それぞれについても軽く触れる。
「妖精の舞う空」特殊戦の非情さを描くイントロダクション。
「騎士の価値を問うな」遠隔無人操作機にケンカを売られた零=雪風コンビ。物語の展開に、全体の構想がほの見える。
「不可知戦域」取材に来たジャーナリストを乗せて飛び立った雪風は奇妙な空間に紛れ込む。
「インディアン・サマー」心臓が機械であるネイティヴの青年と共にジャムに乗っ取られたとおぼしい基地に潜入する物語。適度な感傷性が魅力。
「フェアリイ・冬」基地の整備員がコンピュータに翻弄されるさまを無残に描く。
「全系統異常なし」無人で飛ばした雪風の思いがけぬ行動を描く。
「戦闘妖精」雪風の地球への一時帰還をリン・ジャクスンの目から描く。
「スーパーフェニックス」敵に囚われた零と雪風。脱出後に雪風が取った行動は……。第15回星雲賞日本短篇部門受賞
このみごとに決まったラストシーンを読み終えたとき、私の脳裡に浮かんだのは「完璧な小説」という言葉だった。まさか続篇が書かれようとは! この完璧さを一旦打ち崩しても神林長平が追究しようとしたものは何だったのか。『グッドラック』と、その理解の一助となる「被書空間」も読んで欲しい。
また、零の子供時代を描いた「ぼくの、マシン」も新作として書かれた。
『グッドラック 戦闘妖精・雪風』
『戦闘妖精・雪風』の続編。プロファイリングの専門家が登場してジャム像を想定したり、零=雪風=ジャムの関係を分析するところ、また零がそれを受けて自らを再分析していくところなど、サイコロジカルなスペキュレイティヴ・フィクションの趣が強い。正編のテーマは踏襲され、本作においてそれなりの解決をみるだろう。「ショック・ウエーヴ」前作の最後で負傷した零は、肉体的なダメージから回復はしても意識は現実へと復帰せず、自閉状態に陥っていた。零の上司であるブッカーは雪風の不可解な態度に頭を悩ませながらも、雪風を無人機として出撃させる。そして予想も出来ない事件が起き、雪風の呼びかけに応えて、遂に零は目覚めた。
「戦士の休暇」精神的に疲弊した零は休養を取るために地球に一時帰還するが、地球に居場所を見つけられない。零は自分はフェアリイ星人なのだという自覚を抱くに至る。
「戦闘復帰」フェアリイに戻った零はプロファイリングを専門とする心理学者・フォス大尉につきまとわれることになる。あなたはまだ雪風に乗れる精神状態ではないと。零はそれに実地でもって対抗する。
「戦闘意識」上層部とブッカー少佐、零たちによるちょっとした昼食会が開かれることにる。雪風はその状況をチェックしながら臨戦態勢にある。ということは……。
「戦略偵察・第一段階」プロファクティングという情報処理技術を用い、ジャムの分析を試みようとするフォス大尉。零自身もフォスに自らの心理分析を促される。
「戦略偵察・第二段階」FAFは特殊戦にジャムとの直接接触による情報収集を命ずる。零と新任のフライト・オフィサ桂城は、雪風でその任務に就く。
「戦意再考」ジャムから一つの提案がなされ、雪風と零はそれを拒否。決死の脱出劇が始まる。
「グッドラック」ジャムとの決定的な戦闘が始まろうとしている。戦士たちは戦いに出てゆく。グッドラック。またしても鮮やかすぎる結末。
『アンブロークンアロー』
戦闘妖精・雪風 第三部。アニメ版のラストから着想を得たもので、全面的なジャムとの戦いに突入する。時間は、「グッドラック」のあとから始まってほとんど動いておらず、世界の動きよりも人の意識を描くことに重点が置かれている。一つの場面を多方向(多数視点)から描くマルチシステムが試みられ、人によって現実が異なっていること、意識がさまざまな現実を生み出すことなどが浮き彫りとなる。『グッドラック』のように物語世界内での動きは続く感じがするものの、小説としてはきちんと完結している作品とは異なり、この作品は完結しておらず、続編が書かれるものと思われる。「ジャムになった男」来歴を語るリン・ジャクソンのもとに届いたのはFAF情報軍大佐アンセル・ロンバートからの私信であった。ロンバートは来歴を述べてから、『グッドラック』最終部について解説する。手紙の最後で、視点はロンバートに移る。葛城少尉が現れ、彼のそばでなりゆきを見届けたいと言い出す。その時、ジャムからの連絡が入り、事態は渾沌とする。
「雪風帰還せず」リンはロンバートの手紙が事実かどうか確認のための行動を起こす。そしてフォス大尉を焦点とした交友関係を通じて、てロンバートが実在していることを知る。視点は次に、そのフォスに移り、やはり来歴を述べてから、自分の目から見た特殊戦について語る。そこへ深井大尉から、ジャムを捕獲したいとの連絡が入る。フォスはジャム捕獲作戦についてジャムの心理を予測し、准将はゴーサインを出すのだが……。
「さまよえる特殊戦」ブッカー少佐の目から「雪風帰還せず」の事態が語られる。
「雪風が飛ぶ空」「ジャムになった男」に連なり、桂木少尉の目からロンバート大佐とのやりとりが描かれる。ここで桂木は零とドッキングする。
「アンブロークンアロー」零が視点となり、ジャムになったロンバート大佐の戦闘機を雪風で追跡しながら、ジャムとの戦いについて考察する。ここでは、他者の意識を我がものとすることにより別の生を生きられることや、すべてをねじまげるジャムの力が語られることにより、物語論の風味をかすかに帯びる。
「放たれた矢」 雪風は大佐を追って地球への〈通路〉に入る。事態を確認するために南極の〈通路〉に赴いたリンは、雪風と遭遇する。
『プリズム』
都市の遙か上空に浮かび、人々の生活を支える浮遊都市制御体。制御体は都市に住むすべての人間の個人情報を管理するが、制御体に認識されることなく、都市のあらゆる機構から疎外されてしまう一人の少年がいた。彼は存在するけれどもしない存在、社会から何の恩恵も受けられず、助け手がいなければ何一つすることはできない。ペンタグラム型の瞳を持ち、堕天使と会話を交わすことができる彼は、この世の外から来た者のようであった……。制御体のある都市と、色をつかさどる不思議な生きものたちが住まう別世界ルービィ・ランドとの交渉を描き、現実から疎外された者に本来彼がいるべき別世界が待っているという、ファンタスティックな貴種流離譚のテーマを奏でる連作短篇集。
いくつもの階層を持つ幻想的な構造の世界を構想し、それをさらに私たちのいる現実平面へとメビウスの輪のようにつなげてしまう、その転換が息を呑むほどに鮮やかだ。これは最もファンスティックな方法で、現実を描いている作品なのだ。現実は同時に幻想的な空間を孕み続けているものなのだ。本作はまた、詩人としての神林の側面がよく表われた一作でもある。孤独の哀しみ、愛情の重さが作品全体からにじみでてくるような作品で、華麗なイメージをちりばめた文章、磨き抜かれた美しい言葉をじっくりと味わいたい。
「ペンタグラム」 都市制御体に認識されない少年が、堕天使との出会いによって真の自分を発見していくさまを描く。
「TR4989DA」 制御体中枢に存在を拒否され、自分の生を無意味なものにすることに耐えられなかった機械知性の物語。下部構造によって可塑的なものになっている現実の一端が見られる一章。
「ブラック・ウィドウ」現実を支える下部構造である色の魔界から物語は始まる。リンボウ(中間界)=制御体都市へと堕とされた青の魔将を描く物語。
「ルービィ」色の魔界とはまた別の別世界ルービィ・ランド。「ペンタグラム」の少年が、この世界では教師をしている。世界の位置的に言うと、色の魔界が最上にあり、このルービィ・ランドどは最下層、リンボウは中間にある。そしてリンボウでは人間たちの〈想い〉が現実を動かすのである。こうなってくるとSFというよりはもう完全なファンタジー。
「ヴァーミリオン」中間界の塗装師の物語。
「パズラー」中間界の刑事の物語。ヴァーチャル・リアリティを思わせる遊園地が異界への扉を開く。
「ヘクサグラム」エピローグ。現実と幻想との境目は消え去る。
『今宵、銀河を杯にして』
惑星ドーピアではアンドロイドと異生命体バシアンとが戦っており、地球軍はそれを支援するための軍隊を送っている。その戦闘車両マヘル-シャラル-ハシ-バズ(速やかに分け前を分捕れ)に乗り、あまたの戦陣をくぐり抜けてきたアムジとミンゴは、全力を投じて戦いを忌避することしか考えていない飲み助のコンビだった。二人とその戦闘車両は、ネジが多少緩んだ純情な青年少尉カレブを迎えることになった。ここに例を見ないユニークな戦争SFが幕を開けることになる。神林は最も好きな本の一冊として、ジョゼフ・ヘラーの『キャッチ22』を挙げているが、本書はその影響を前面に出した、というよりは自分なりの『キャッチ22』を描こうとしたものではないかと思われる。アムジとミンゴの作戦行動忌避のありさまはとにかく抱腹絶倒。だが、コメディだけでは終わらない。物語の後半では機械生命も含めた生命場理論が展開されていく。神林的な世界観に貫かれていて、非常に感動的。
「マヘル-シャラル-ハシ-バズ」新しくマヘルの車長として着任したカレブ・シャーマン少尉は、士官学校を出立ての、とんでもなくピントのはずれた青年である。彼のドーピア基地での驚愕に満ちた初体験の数々を描く。
「篤く葬れ」ドールロイドとは何かの説明と共に、野生化したコンピュータの引き起こした騒動を描く。
「想い募りて」カレブ少尉の恋人への思いを描く。
「聖都をめざせ」戦争を終わらせる鍵があるかも知れぬ、オーソリアンの失われた都グランパートを求める旅に出ようとする少尉。
「カマラビの戦い」カマラビの森での少尉初の肉弾戦の模様を描く。
「イドの蓋をとれ」野生化したコンピュータが再び出現、自我を持ったマヘルの潜在意識を顕在化させるためのキイ・ワードを教えるのだが……。
「時を超えて、乾杯」オーソロイドの創造主であるオーソリアンの残したウィスキー(考古学的しろもの)を味わう話。
「今夜は奢ろう」バシアンの攻撃をマヘルによって逃れた三人は、グランパートへとたどり着く。美しいラストが待っている。
『過負荷都市』
あらゆる情報を飲み込んで有用なものと無用なものにふるい分け放出する、ダムのような中枢機能クォードラム。それに管理されている都市では、意識できさえすれば、現実はあるところまで思いのままだ。自分の演ずる役割に飽き飽きしている高校生・峯士は、死ぬ意味を見つけられない奴を殺す殺人鬼になろうと考える。だが、クォードラムが峯士に与えたのは、狂った人々をあるべき場所に送り出す、創壊士の役割だった。創壊士となった峯士たち三人の冒険を描く連作短篇集。タイトルの「過負荷」がカフカの洒落であるのは一目瞭然で、本作は不条理な現実に落ち込んだ人々の物語とも読める。だが、ここには実は神林一流の逆転の発想が息づいている。つまり、いかな不条理な状況も、人間が創りだしているのであって、その不条理さは創り損ねた結果にほかならないのだ。人間は時に世界に合わせて自分を創ることに失敗するのだ。創壊士たる主人公たちはそれを創り直す手助けをするというわけ。ただ、人を創り直すのではなく、世界を創ってしまうように見えるのだが(あるいは別の世界に送り出す)。主人公たちが人々の、ひいては世界の不条理性にたじろいだり逃避したりせず、明るく素直に活動を続けるところも、彼らのパワードスーツが『変身』の毒虫型であることも、同じ逆転の発想だろう。エピグラム「壊したものは直しましょう」に、「壊して創る人」神林長平自身の姿も思い浮かぶ。
「西瓜好き」夏の新潟、西瓜好きの男が西瓜を切ると、それは鶏だった。という調子で崩れてしまった男の現実を、主人公たちが元へ戻す物語と、主人公たち自身の物語が並行して展開する。
「ソリテア」クォードラムの枢府議長・大堂はクォードラムと会話を交わせる地位にある、世界でただ一人の人間だが、その地位以上を望んだために……。
「魔神【マシン】喰い」主人公の祖父はボケ老人の役割を演じながら、そこから抜け出したいと願うのだが、クォードラムの機能をうまく操れずに、たいへんな事態になってしまう。
「反抗機」死んだ祖父の葬式のあと、主人公たちはアンドロイドに出会い、クォードラムが過負荷状態で自分に心があることを認められなくなっていることに気づく。
「想いの海に浮かぶ舟」転生の夢を見た主人公たちは、クォードラムの望んでいることに思いをめぐらせるが……。簡単には説明できないラスト。いささか強引な展開と感じる。
『Uの世界』
果てしのない悪夢の連鎖を描いた連作短篇集。いくたび夢から覚めてもまた夢で現実へは戻れない、あるいはどれが現実なのかが判然としない、という構造の物語は、二百年ばかり前にはもう既に書かれており、古典的と言っても良いものだ。そのヴァリエーションも数多いが、本作もまたその一つだと言って良いだろう。
「虚蝉【うつせみ】」男性とベッドインすることに嫌悪を感じる優子は、祖父から意外なことを聞かされる。お前が男嫌いなのも無理はない、お前の本当の名はユウ、男なのだから、と。今、現実に見えるものはすべて紛い物、優子の体も巨大な脳に操られている人工の体でしかない。優子の本当の肉体・真身は、中央放送局の地下にある。真身を取り戻してユウとなり、この世界が実は既に廃墟であるという真実を見るべきだ、と。祖父の言葉に従ったユウの運命は……。
「移舞【うつりまい】」現代の日本が舞台。目覚めると記憶喪失だった。だが、病院から出されてしまった私のもとにあなたを助けるものだと言って羽黒という男が出現。順調な生活を始めた私だったが……。
「独活【うど】」Iは冷凍睡眠から目覚めた。そこは女ばかりの社会であり、IはFと懇ろになるのだが……。
「烏有【うゆう】」前話は佑というドーリー・デザイナーによって作られたドーリー・アニメだった。ところが……。
「熟寝【うまい】」そして勇はドリーマで夢を見ている。前話の夢だ。目覚めると戦争がある世界で、勇はそれが自分の現実とは違うことを知る。
「うん醸」【うんじょう】」そしてユウは病院のベッドの上で目覚める。これまでの夢は軍の情報局の実験だったというのだが……。
夢の錯綜ぶりはかなりのもので、一つの話の中でも現実と夢とは互いに入れ違い、相互関係がほとんどつかめないほどだ。最後にユウ自身が自分で自分の世界を選び取る、という結末は、いかにも神林らしい。
『完璧な涙』
宥現【ひろみ】は感情を持っていなかった。喜びも怒りも悲しみも、彼には実感できない。当然、現実にも適応できずに宥現は家を出、兄と共に砂漠の遺跡発掘現場に行くことになる。そこで宥現は魔姫【まき】という美しい女の旅賊と出会った。同時に、発掘された戦車が数百年の眠りから目覚め、兄たちを吹き飛ばす。それは敵の殲滅を目標とする生きた戦闘機械だったのだ……。(「完璧な涙」)非人間的な少年と、彼の徹底的な排除に執念を燃やす戦車とが、過去と未来とが干渉しあい、異なる現実がいくつも立ち現れてくる世界で対峙する、奇妙な鬼ごっこ物語。
物語の中では、宥現の無感情の原因、魔姫の長命の理由、戦車の存在意義などさまざまな謎が提出され、解かれていくが、その最たるものが銀妖子と呼ばれる小妖精型の生活管理システムをめぐる謎である。銀妖子を核として、この作品は、時間テーマのSF、現実が変容するファンタジー、生の意味を問う物語など、千変万化の表情を見せるのである。
「墓から墓へ」一人前の旅賊となった宥現。バギーの燃料切れで熱砂に倒れた宥現は、〈死者の町〉で目覚める。そこでは腐敗を止める薬を処方してもらう代りに、当局の指示する役割を演じなければならない。この町を脱出するにはどうすればよいのか?
「奇眼」戦車から逃れて遺跡のような奇妙な町に入り込んだ宥現と魔姫。そこではミイラが砂を喰って生きていたが、ただ一人の老人だけは二つの視覚を持ち、宥現たちと同じものを食べるのだった。その世界にもしかし戦車はいた。
「感情軸線」東京を思わせる町にやってきた宥現と魔姫。だがここでの現実はさらに曖昧で、すべてが幻のようにも思える。一人の刑事はここは過去と未来とが闘っている最前線、境界線なのだ言うが……。
『我語りて世界あり』
わたしはいったい誰だろう? その悩みに取り憑かれたわたしに猫が言った。お前にはMISPAN――機械知性に個性を持たせるプログラムが必要だ。それを使って、自分を無個性化しようとする力と闘え、と。そこでわたしはそうすることにし、二人の少年央【あきら】と晨【しん】、一人の少女隼子【じゅんこ】に接触した。彼らは、人間が数字で呼ばれ、いかようにも入れ替え可能なこの世界で、自らに名を与え、個性化を図っている貴重な存在だった。彼らの稚気に満ちた冒険が、わたしをMISPANへと導いてくれるはずだ……。機械を通じて過去の亡霊を甦らせ、目の前にある現実を壊していく少年たちを、正体不明のわたしによって語らせた連作短篇集。この世界の現実は可塑性に富み、適応力が異様に高い。それゆえあたかも我々の現実の戯画のようだ。また、本作はタイトルからも想像されるようにメタノベルであり、最後にはとんでもないどんでん返しが用意されている。
全体を構成する七つ短篇では、それぞれの現実は少しずつずれている。現実は固定した不動のものではなく、常に揺らいでいる。それが揺らいでいるということさえ認識できれば、もう一つの現実を獲得することなど、たやすいのである。
「遙かなる戦利品」武器塚と呼ばれる遺跡に不法侵入した少年たちは戦闘アーマーの記憶を呼びだす。それは、戦いを忌避し、闘うことの意味を問い続ける矛盾を抱えたアーマーだった……。
「月下に迷う」ゲームの最中にあるべきはずの月が忽然と消えた。現実はあまりにも可塑的になりすぎている。少年たちはどうやらゲーム世界にとらわれてしまったらしい……。
「電子素子たちの宴会」武器塚をあさっていると、捨てられた電子製品たちが一斉に喋り出す。その中の一つ、シェーバーの記憶に少年は同期するが……。
「招魔効果」〈わたし〉は少年たちと交流する。少年たちにとって、〈わたし〉は悪魔となる。悪魔の力を借りて、少年たちは過去の海兵隊員の記憶を蘇らせる。
「魔が差した街」少年たちの妹だったはずの隼子は個性を操り、自分の好きなように生きている。〈わたし〉は彼女に触手を伸ばすが……。
「共感崩壊」この世界の秩序を保とうとするOPに央が捕まった。晨は彼を助けるために行動を起こす。〈わたし〉も自らの正体に気づき、攻撃に転じるが……。
『ライトジーンの遺産』
人間の臓器が肉体に反乱を起こすようになった社会(「狐と踊れ」を思わせる)で、人工臓器の巨大メーカー、ライトジーン社は人造人間を作るまでに至る。だが、巨大企業は解体され、いくつもの子会社に分かれた。自由の身になった人造人間のコウは生活のため、警察の下請け仕事をしながら気儘に暮らしている。酒と自由と読書を愛し、人間にはない超能力を持つサイファであるコウが、臓器をめぐって発生するさまざまなトラブルに対処するハードボイルド連作。コウは実に魅力的なタフ・ガイである。今後もシリーズを張っていけるほどの実力がある抜群のキャラクターだろう。物語の性格上、全体に緊迫感はあるのだが、コウのそのキャラクターゆえかしっくりと落ち着いた印象を与える作品に仕上がっている。コウの姉(兄だったのが性転換して女になった)のMJもとんでもなくかっこよく、どうしてこんな女性が書けるのか、と不思議な気分にさえなる。また本作は超能力論としても読める。コウは超能力を人間が捨て去った劣った機能と考えている。それは『七胴落とし』の若者たちに対する一つのアンチテーゼでもあろう。
「アルカの腕」逃げ出した生体部品の一部を追って下水道に入り込むコウと相棒の刑事タイス。イントロダクションはモンスターもの。
「バトルウッドの心臓」人工心臓とレスラー・チャンピオンの謎に迫るミステリ。
「セシルの眼」京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を思い出させる、見ることをめぐる物語。『姑獲鳥』との差異に想いを馳せるとこれはSFだなあと思う。そしてとても人間的だなと。自分はこういうものの方が好きだとも。
「ダーマキスの皮膚」博物館でライトジーンの人工臓器の歴史展が開かれることになった。あるいは人造人間のことが展示されるかもしれないという危機感を抱き、コウは博物館の改修工事に加わるのだが……。
「エグザントスの骨」実験によって何度でも生き返るようになってしまった男の物語。
「ヤーンの声」人工の声帯をつけたロック・ミュージシャンのコンサートに行く話。幕間劇のようなほのぼのとした一章。
「ザインの卵」超能力を失ったコウとMJたちの危機を描く。