擬態告知

 鎌   鼬 

チリッと掠めたかと思うと
もう涙がポロポロ落ちていた
「これで五人目だ!」
町会長はシバレた大根をサクサク切ると
不機嫌に屋敷の中へ引っ込んだ
太郎は青っ鼻をズルリと吸い上げた
       *
温もりを感じていた掌は
千枚通しに衝かれた冷たさを感じた
「あなた、どうしたの?――」
ブラウスの袖を伝って鮮血が滴り落ちる
「かまいたち……」
吉野繁造は六人目の犠牲者に登録された
       *
町は辻斬りの跋扈に怖気立った
娘や妊婦や老人やボディービルダーまでが
無差別に襲撃された
「チーズを供えにゃいかん!」
念仏婆ばぁがシメシメと宣うた
乳飲み子を持つ女房どもは
翌朝から一斗樽分の母乳搾りに勤しんだ
       *
鼬はチーズを好む
(と言われている……)
しかも人間の母乳から作られた固い奴を――
三十年前にも似た事件が起きていた
当時は母乳が豊富にあったから
七日後には
鼬はパンパンに腹を膨らまし退散した
今では母乳を出す母かぁが少なくなったので
正太郎は自分も危ないと感じた
それで急きょ美恵子と駆け落ちをした
       *
「何であれ命が一番だべぇ」
母乳搾りの女房の一人が言った
「次男には夜歩きを禁じとる」
五人の子を持つ中村の母っちゃが言った
「わしら母乳を出す者には害は無えって……」
ドタリと階段を転げる音がした
母乳の出ねぇ森口の女将だった
       *
金物屋の末娘に被害が及んだ
ザングリと喉元に噛みあと痕があった
親父はカッカと頭から湯気を出し
「鼬の野郎 鼬の野郎……」 
と 無念の呻きを上げた
新任のお巡りは拳を握り奮い立った
沼田の息子が
ひとり茫然と立ち竦んでいた
       *
その日は――
脳天が凍てつく師走の夕暮れだった
昼には既に村上先生が殺られていた
チーズを奉納するのは
もちろん町会長の役目である
しかし
生憎彼は風邪で寝込んでいた
(ひょっとしてズル休み? )
代わりに
孫崎豊君が大役を仰せつかった
念仏婆ばぁは微かに眠気を憶えた

風が――
さあっー と渦を巻いた
孫崎君は
大きな嚏をひとつした


(H13.5.4改稿)


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