稲生平太郎INTERVIEW補注
《世界大ロマン全集》
東京創元社から1956~1958年にかけて刊行されたエンターテインメントの叢書。デュマやハガードの作品、『魔人ドラキュラ』など、冒険ものと推理、サスペンスなどが中心。何割かが後に創元推理文庫の推理、帆船マークに組み入れられた。詳しいラインナップを知りたい人は
ここをクリック。この叢書は普通の小学生が読むようなものではまったくない。よほどませていたのにちがいない。『ポーゾール王の冒険』のようなふざけたエロ小説をどう読んだのであろうか?
★全巻リスト★
三一書房とか桃源社
桃源社は1951年から81年にかけて時代小説・ミステリの出版社として活動。70年に澁澤龍彦集成を刊行し、その前後に小栗虫太郎、久生十蘭などのミステリを刊行。山田風太郎、都筑道夫などの作品も多く、時代小説にも偏りがある。三一書房の久生十蘭全集、夢野久作全集などともに異端復権の一翼を担った。
『果しなき流れの果に』
小松左京作。1966。古墳の発掘により四次元的構造を持つ砂時計が発見されたことから、時空を越えた冒険に巻き込まれた男を描く。生命の進化を操ろうとする上位の階梯の存在、それに対抗しようとする勢力との戦いを軸にしており、次に掲げるクラーク作品へのあからさまなアンチテーゼとなっている。
『幼年期の終り』Childhood's End
アーサー・C・クラーク作。1952。邦訳=1969年、福島正実訳(早川書房『世界SF全集』15巻所収)。宇宙から飛来した上帝(オーバーロード)が、人類を平和裡に管理するようになった。人類は物質的に完全に恵まれるようになり、やがてある特殊な精神感応力を持った子供らが生まれてくるようになる……。悪魔を思わせる姿形のオーバーロード、オーバーロードのさらに上に位置する上霊(オーバーマインド)など、全地球的規模で繰り広げられるグノーシス神話的幻想。小松左京に圧倒的な影響を与え、エヴァンゲリオンにまで続いていく、人類進化SFの里程標的作品。
白水社の《新しい世界の文学》
1963年ごろから刊行され続けた、数多くの幻想文学・前衛文学を含む翻訳文学の叢書。フランス文学を中心にドイツ、ロシア、南欧などの現代文学を幅広く紹介した。英文学では、ミュリエル・スパーク『死を忘れるな』、アイリス・マードック『網の中』その他があるが、ここで横山さんが吉田健一の訳によるイーヴリン・ウォーと言っているのは『黒いいたずら』。
『木曜の男』The Man Who Was Thursday,1908
G・K・チェスタトン作。邦訳=吉田健一(創元推理文庫)。無政府主義の秘密結社へと招き入れられた詩人が、結社の迷宮の中へと誘い込まれていく曰く言い難い小説。
インタビューのあとの方で、「夕焼けが良い」と言っているのは、冒頭部分、極彩色で語られる「世界の終わりを思わせる」空のことだろう。
『COM』
虫プロ発行のマンガ月刊誌。1967年創刊。経営危機となり、中途(71年)から『COMコミックス』となり、72年廃刊。当時の前衛的なマンガを代表する。『ガロ』(1964創刊)の泥臭さとは異なる都会的なセンスが売りであった。とは言っても両誌に描いている漫画家も多いのだが。
数学ができなかった
『アクアリウムの夜』の語り手・広田は英語は得意だが数学が不得手。恋人に呆れられながら教えられるシーンがある。
オリヴァー・オニオンズ Oliver Onions(1873~1961)
ミステリに
In Accordance With the Evidenceほか。 翻訳のある怪談は「手招く美女」(創元推理文庫『恐怖の愉しみ』)「ローウムの狂気」(新人物往来社『怪奇幻想の文学7』)「事故」(国書刊行会『怪奇小説の世紀3』)。
『アーマデイル』
ウィルキー・コリンズの長篇小説。翻訳は臨川書店より刊行。不思議な縁で結ばれている同姓同名の二人の青年をめぐる物語。過去に犯された殺人の反復に脅え、夢による予兆に苛まれるアーマデイル=ミッドウィンターと、彼を愛しつつも犯罪の道を突き進んでしまう魅惑的な悪女リディア・グウィルトの奇妙なロマンスを描いており、精細な心理描写が光る。分量が多くて、全てを訳しかねたため、共訳となった。
『富士』(1969~71)
武田泰淳(1912~1976)の長篇小説。中公文庫版は在庫あり。全集では第十巻。
昭和19年ごろの精神病院を舞台にして描いた観念的な長篇小説。善良だがヒロイズムがあり、なおそれを自覚しているというような甘野院長、その下で働く精神科の演習医師大島、彼の同級生で嘘言症があって宮様だと自分を考えている一条実見、一条に恋する茶店の百姓娘中里里恵、癲癇の大木戸、梅毒性の狂気に犯されている伝書バトの飼育者間宮、内面世界に閉じこもって哲学にふける岡村誠少年、男になりたがり、大島に空気銃でほとを突かれて以来処女懐胎の幻想に陥った庭京子、部外者火田軍曹などが入り乱れる。
精神病者と健常者、彼我を分けるものは何か? 確かにあるはずなのに、それをどんどんと見失っていく主人公が奇妙である。愛をもって、優しく、といった治療法(?)のせいではないのか。この比較的自由な病院全体が、精神病者の治療所であるよりは、培養所のように見えてしまう。いろいろな側面で逆転を感じさせるアイロニカルな小説。
武田泰淳では、このほか、『貴族の階段』(岩波現代文庫/55年作。2.26事件に材を取った歴史小説にしてフェミニスティックな小説)なども評価するとのこと。
「ハッサン・カンの妖術」
谷崎潤一郎の初期の短篇。『潤一郎ラビリンス6』(ちくま文庫)所収。67年の全集では第四巻に所収。インドの行者の催眠術をめくる話で、後半からの展開の仕方が、常軌を逸している(ある意味で破綻している)ところがすごい。
ジェーン・オースティンJane Austen(1775~1817)
18世紀末から19世紀初頭のイギリスを代表する作家。ヒロインが結婚相手を見つける話ばかり書いたが、その心理描写が繊細で、作品の古びていない点において高く評価される。代表作は『高慢と偏見』『エマ』。
詳しくはこちら。
日影丈吉
その後、国書刊行会より『日影丈吉全集』全八巻別巻一刊行。編集長の礒崎氏がたいへんな日影ファンなので、校閲を重ね、とても立派な本になった。横山さんは日影に関しては書籍だけではなく、掲載誌もかなり集めておられるようだ。最初に私がお話を伺ったときは、僕は資料を提供するだけだよ、とおっしゃっていらした。解題までとなったのは、たいへんに嬉しく意義のあることだが、このために謀殺されることとなった。
幸田露伴
今、露伴を読み返しているんだけど、すごくおもしろい、というのを聞いたのは、二年ほど前のことではないかと思う。その後、露伴随筆選を作るという話もあったけど、立ち消えている。その選集のための作品には、ここに名を掲げられたエッセイを初めとして、ユーモアのある筆致のものが多く選ばれている。
佐々木喜善の実像
これについては、『幻想文学』61号に「
怪談の「位相」」としてエッセイを書かれており、さらに下記『遠野物語の周辺』で詳しく論を展開されている。
水野葉舟の作品集
一巻本で国書刊行会から『遠野物語の周辺』として刊行。
もとをただせば『幻想文学』47号に「妖精の誘惑」の一部を掲載したことに始まる話。アトリエOCTAに水野葉舟の御子息である水野清氏から電話があり、エッセイを書いていただいて驚いた、筆者はどんな方かと聞かれる。どうやら水野氏は感激して電話を下さったものらしく、ありがとうと言っておいて下さい、というような調子で電話を切られたのであった。葉舟の著作権は1997年に切れているが、47号は96年の刊行で、ちょっと遅ければ水野氏と連絡を取ることもなかったのだと思うと、本当に不思議な心持ちになる。以前も、横山さんは資料を借りに成田へ行くというようなことをなさっていたようで、結局、水野氏と直接会談して、横山さんは作品集の編集責任者を務めることになったのである。そんな電話のことは記憶にないと水野氏は言ったと横山さんは言うのだけれど、それは御老体の方の記憶違いである。この件に関しては夢と間違えているのではないという自信がある。ともあれ、なりゆきで作品集を作ることになり、この春には遠野まで横山さんは出掛けられた。遠野では喜善の日記を読まれたのだが、この日記は喜善全集の最後の一巻として刊行予定のものである。既に校正刷りが出ているようだが、予約販売で、しかも刊行時期が未定というので、わざわざ行かれたようである。
『眠りと死は兄弟』
Sleep and His Brother,1971『眠りと死は兄弟』(工藤政司訳・ハヤカワ・ミステリ)
元警部のピブルはキャシプニーと呼ばれる奇病にかかっている子供たちを収容した施設にやって来る。彼らはその病気のせいで、いつも眠っているようであり、知能の発達も思わしくなく、語彙は貧困で意志の疎通も困難、さらにはとても肥っているのだが、守ってやりたいと思わせる奇妙な魅力を湛えていた。そしてどうやらピブルがやってくること、そして彼がクビになった警官であることも知っていた。つまり彼らにはテレパシーがあるように見えるのだ。ピブルは物あてでその能力に確信を抱く。一方子供たちは秘書のジョーンズ夫人が死んでしまう、というようなことを遠回しに言うのだが……。ミステリとしては一日の間にほぼ一ヶ所でさまざまな事件が起きて錯綜するというパターンのとなっていて、なかなか解きがたい。キャプシニーは架空の病気だが、それにしても奇妙きわまりない設定である。ディキンソンの作品解説は
ここから。
インタビューのページに戻る