擬態告知

   街   


彼女の鱗は 右目に限って零れ落ちたので
悲しみは何時も 半分しか感じなかった
けれども 笑う時は大口を開けて反っ歯を剥き出したものだから
幸福の度合は 計り難い

道々は長く 蛇行して 帰路がない
ぞろぞろ ぞろぞろと 縄に括られた片腕の巡礼者達は
小さい者も より小さい者も
崖淵のギザギザ道を ぴょんぴょん跳ね歩く
食料を積む荷車は 左右の車径の相対差が烈しく
ひと押し進むたびに
ギッタン ギガッタンと 谷底へ雷鳴を轟かす

宮殿の回廊は ロガリズミック螺旋の 左廻り運動の軌跡を辿り
回転角の増大に伴って放射された
滑らかな大理石は――
右側通行の規則さえ厳守すれば
フラミンゴの池に 閉じ込められる心配は更々ない

窓は固く閉ざされ さもなくば
全て開け放たれているか のどちらかであり
分厚い煉瓦塀に囲まれたまぐさの奥から
小さな小さな 片眼の光輝が射貫く

蛇使いの 赤ん坊
の 反っくり返った ちんばのシンボル
だぶだぶの 襞の垂れ下がる 淫売女の肌襦袢
小を大で釣り上げる エゲツのない双子の漁夫
鉱石の欠片だけに固執する 胴乱をぶら下げた薄汚い 樵
土瓶蒸しの好きな 土瓶蒸し屋の おかみ
農子 土工子 算数教室の女教師……
そして 垂簾の蔭に胡座をかいた
半ズボンを穿いた知恵足らずの 国王

最早酒場には 人っ子一人居ず
それぞれ 家庭内乱行に没頭する (かつての私のように……)
年端も行かない女の子達は
不揃いの 板加留多を花嫁道具に
天井裏の ネズミたちは
ガリガリと 骨董品を 食い荒らす

生活のバランスは 不足することで均衡を保ち
労働は 有り余るほど 市場に侵食する

徒に 地盤を占領する 巨大な天皇陵
地中深くうねる 網膜状の坑道
石像 石窟 バビロニア二世以来の 無窮に屹立する八角塔
それらは皆 完成と同時に破壊され
絶えることのない労役に 人足たちは 腹を膨らます

肥沃な大地
蒼天 峡谷 平野 街――
そこでは 瞬きをするように 生と死が繰り返えされ
目的意識の喪失した 誕生と
突然の終止符に 手を合わす 臨終
(天然のデペエズマン としての……)

街は 空しい程に欠損の多い複合体であった


(H13.5.6改稿)


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