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週刊広告論
第7回 「薄」 

熟茶/2001年5月19日(土)朝日新聞朝刊27面


 SAYAKAというタレントで菓子のCMをつくっているチームのひとりがその不可能性を嘆いていた。オンエアすることよりもワイドショーで取り上げてもらうための素材としてプランニングされている(出稿量もあらかじめ抑えられている)ため、表現が非常に限定される上、商品を語る必要がほとんどないために何をよりどころにつくっていいのかを非常に考えにくい、というのだ。しかも一度話題になったものの第2弾なのだから相当つらかろう。この世界では自由であることと不可能であることがほとんど同義に感じられることがしばしばで、何か見えないコードというものが実はとても厳密に規定されているのに、それが暗号化されているので何をしてもいいように思えるという、ダブルバインドに近い状態がよく訪れる。無から何か価値あるものをつくる(と思われる)芸術より、こうしたとき広告は若干かわいそうかもしれない。なぜならその営みは、無から無をつくるようにすら見える、果てしなく薄い重労働だからだ。
 2001年の日本はペットボトルのお茶ブームである。消費者心理を分析する気などさらさらないが、こうした商品がブームになるときはかなり現実が希薄化している感じがする。不条理な事態なのだ。人が150円もするお茶を何となく買い続ける行為は。そうしたチャンスに広告は不条理の後押しをしなくてはならない。もはや商品がほとんど実質価値で選ばれない以上、しかもアプローチの指向が(癒しなど)均一である以上、そこにはまたもや薄い重労働が待ちかまえているだろう。無意味への感性を最大限に押し広げなければならない、広告が狂気に近づく瞬間である。
 今回の「熟茶」(サントリー)は、登場からしばらくがたち、ある程度数も売れ、商品名も認知されてきた時期の第2弾広告である。茶色い草木染めのテクスチャーに、にじみ込む感じで巨大な活字が置かれている。わたしたちはそのメッセージの意味よりも、この無意味な状況で、タレントが自然の中でくつろぐビジュアルを選ばず(まあ、それも第2弾の縛りだが)、メッセージをメインに据えた覚悟にまず驚かねばならない。熟茶がプーアール茶であるというそれだけのメッセージ。しかしその言葉はなぜ、ここまで巨大に書かれなければならなかったのか。
 熟茶がプーアール茶であろうが何であろうがおそらく誰にとってもなんの関係もないだろう。しかし「プーアール茶だったの?」としらじらしい発見のつぶやきがそこで漏れるとき、何か妖しい気配が立ち上る。プーアール茶であったことが発見だと思うのがトレンドなのかもしれない。そうしたメタフィジカルなメッセージにわたしたちは遭遇するのだ。もちろん今がプーアールブームであったり、それが貴重なお茶であるわけではない。しかし巨大な活字でそれが発見されるとき、ナンセンスが起動する。疑似体験としての発見に対し、わたしたちのなかのどこかで、それを肯定したい欲望がもたげてくるのだ。それは無自覚にお茶のペットボトルを買う潜在意識の共有と同じ欲望である。プーアールという熟茶の材料を、それが無価値であり、しかしその記号が記号としてだけ価値を持つという発見、それがこの広告のすごみであり、その馬鹿馬鹿しさ、薄さが産みの苦しみを物語っている。熟茶を飲む楽しみはおそらくこの世界の表面を快適に滑る心地よさなのだろう。そしてこの広告を見た以上、そこにナンセンスへの良心を付加して、こうなっては熟茶を飲まねばなるまい。

プーアール茶