第37回 「滅」
朝日広告賞/2002年3月21日 朝日新聞朝刊17面
広告賞というのは山ほどあって、カンヌやADCなど物々しいのもあるが、一般には関係がない。目に触れることがあるとすれば新聞広告賞で、なかでも朝日広告賞は権威があるらしい。今回取り上げるのは、その賞の今年の広告主参加部門(他に一般参加部門がある)、最優秀賞受賞作品である。
それはサントリーの環境保護運動の広告である。空と海が溶けあう美しい背景に鳥(絶滅に瀕しているアホウドリ)が一羽立っている。その嘴は折り目のついた紙を一枚くわえていて、そこには「人間のアホウ。」と書かれている。受けコピーは「鳥の住めない国に、人間は住めない。サントリー株式会社」。
他の賞ではまるで無視されていたこの広告が朝日広告賞を取るというのは僕にはなんだか必然のように思える。満場一致で決まったというのも馬鹿馬鹿しいが頷ける。なぜならこの広告は広告史を揺さぶるような突出した何かがあるというよりも、現代的な広告の典型を体現しているように思えて、そこが正統派の朝日広告賞らしい感じがしたのだ。では、現代広告の典型とは何か?
「嘘」でも「代弁」でもいいのだが、今風に「偽装」という言葉でその特性を縛ってみる。たとえばキャッチフレーズ。「人間のアホウ。」はまっすぐな強いメッセージ&駄洒落という型だが、「人間」に仕掛けがある。人間はわたしでもあなたでもあるようで、実は誰も指示していない。ビジネス書の惹句が無根拠に「このままではあと3年以内に70%の企業はダメになる」というのと同じで、つまり70%では誰もそれが自分のことだとは思わない。そういう社会心理を使って、「人間」という抽象的な語を見せることでダイレクトなメッセージを偽装するのだ。さらにそのメッセージは折り畳まれていた一枚の紙という別の媒介に記されている。この、別のメディアを偽装するというのも近代広告のお家芸だが、この広告の場合、それが差出人不明の書簡であり、伝書鳩のようにアホウドリが手紙を運んできたかの演出が加えられている。本来メッセージの主体であろうアホウドリが、誰かに言づかったかのように折れた紙をくわえているのだ。こうしてこのストレートなメッセージは差出人の主体すら抽象化してしまう。
なぜこの広告メッセージには、セルのように透明なレイヤーが幾層にも重ねられているのだろう。そしてそこへ向かおうとする広告の無自覚な欲望は一体何を意味しているのだろう。もちろん僕にはわからない。ただ、シンプルで力強く、まっすぐなメッセージというものが、広告の世界から絶滅しそうな状況であることだけが伺いしれるのみである。