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週刊広告論

第49回 「本物」 

サントリー/2002年9月28日 朝日新聞朝刊13面


 1964年に開高健がサン・アドという広告会社を立ち上げた頃、広告の後ろには文学が張り付いていた。広告の受け手は消費者やユーザーではなく、人間だと考えられていた。広告作りもある種純朴で、その商品を好むであろう種類の人間を描けば結果的に商品は売れる、そうした意気込みで、コピーはラブレターのように書かれた。その日本的な広告手法の中心にいたのがサントリー・ウイスキーの広告であった。トリスが好きな人、角瓶が好きな人、オールドが好きな人を見立てて広告作りがなされた。あるいはそうした商品ラインナップそのものが、日本的経営における縦割り社会のイコンとされた。もちろん今は、暮らしが豊かになり、ウイスキーヒエラルヒーはその意味を失ってしまった。安価なブレンド・ウイスキーは「レゼルブ」といったブレンド・ワイン、残り葉で作ったと噂された煙草の「しんせい」、醸造アルコールで作られたカップ酒などと一緒に市場から取り残され、アイデンティティを失ってしまった。そう思っていたが、今ちょっと奇妙なことが起こっている。
 今回取り上げるのは角瓶の広告シリーズの一本。「BAR」というタイトルが付けられている。いわゆる広告エッセイものである。

ぼくは、男を好きになってしまった。
「計数は、男の値打を決定しない。卒業順位も、資産の多少も、仕事の成績も、脚の長さも」と教わった先輩が、転勤する。
バーが教室だった。グラスを傾けながら、仕事、女、酒…、
たあいない話や痛いセリフの中から教えられた。
いつもタカってばかりいた先輩を、一度おごりたくてカウンターに誘ったら、妙に固くなってしまった。
先輩が煙草をくわえた。とっさにライターの火を差し出す。間があって、軽く会釈をした彼が火を点けた。
それを見た店の女性が「そういうの、キライ」と言った。
では、まとめの一句。
「危機感を持てといったら辞めた部下」(北九州・高橋鈍牛)

 まったく30年前にタイムスリップしてしまったようなこの紙面を見て、僕には何が起こっているのかまったく理解できなかった。これは「カローラが変わる」どころのリサイクル加減ではない。見かけも口ぶりも何も変えずに古い商品を売ろうという、信じられない賭に見えるからだ。何か意外なマーケティングデータの裏付けでもあったのかと訝るしかないのだが、やはり不思議である。広告ターゲットはたぶん自分(37歳)より10年は年上の世代だろう。ということは50代である。そんな世代が今も「角」を愛飲し、なおかつこの広告とコミュニケートできるという状況がどうしても信じられないのだ。この間山形に行ったとき、いわゆるスナックといった店でまさにこうしたジャンク・ウイスキーが並んでいるのを発見して、あ、こういうことかと一瞬思ったが、まさか地方を狙い撃った広告というわけでもあるまい。内省していくと学生時代、詩を書くのが好きでアルコール依存症の大学事務のおねえさんが「角」を抱いていたことを思い出したが、そんな森田童子的な過去の逸話も多くの人には無縁だろう。というか、酒が文学と連関しているという幻想は村上春樹の缶ビール以降20年は封印されていたはずなのである。それともこうした文学の不在そのものがいつのまにか熟成され、ついに開封の時期が来たととでもいうのだろうか。
サントリー