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週刊広告論

第40回 「国」 

スクウェア/2002年5月16日 朝日新聞朝刊16面


 フィリップ・K・ディックというSF作家がいて、学生時代愛読していた。もうほとんど初訳の小説などが出なくなったので、永く読んでいないが、独特の書きっぷりがあるので、どの断片でも数行読まされただけで懐かしい、哀しさに襲われてしまう。初期のディックはよくゲームを扱っていて、といっても1950年代の話だからTVゲームなどはなかったのだが、ゲームの世界と現実とがごっちゃになってしまうという類の物語をよく書いていた。たわいもない小説が多かったが、こちらも飽きずによく読んでいた。僕自身、今とは違う現実感覚があったのだろうと思う。
 今回取り上げるのは、ゲームソフト、ファイナルファンタジーの最新作の広告である。だが商品特性がこれまでとは違う。「オンラインRPG」と銘打たれていて、つまりネットワークゲームとしてFFが登場した告知なのである。企画書のような素朴な文書でこの広告はつくられている。大きな活字で「国民募集」と記され、アンダーラインまで引かれている。その下には「本日、あたらしい世界が発足します。それに伴い、居住する国民を募りますので、希望者は下記要領に従って参加してください。」と書かれてある。いつものパロディ広告だといってしまえばそれまでだが、前回の看板などとは違って、実際に募集告知の体裁で、バーチャルの話ではあるが、本当に国民を募集しているので強さがある。それが広告としての質の高さを裏付けている。
 オンラインゲームという特殊な商品を売るためとはいえ、広告紙面でこうしたエンターテイメントを企画してくれるソフト会社はそれほど多くはない。任天堂のソフトでは見たことがないし、実際こうした広告手法が必ず商品の認知度や信頼性を高めたり売れ行きを伸ばしたりするかと言われると僕自身よくわからない。それだけにこうした広告は無条件で絶賛したいのだが、どこかためらわれてしまう。それはきっと個人的な事情によるものだ。
「オンラインRPG・ファイナルファンタジーXI」という商品を広告するために、ゲームの世界の住民を新聞15段で募集するという企画は決して間違っていない。ファンタジーの世界観を表出することを極力抑えて、あたかも現実の世界に異世界のリアルな招待状が紛れ込んだかのような印象を与えるという、デザインによる逆説は秀逸だと思いすらするだろう。自分がもしそれを思いついた当人だとしたら、しめた!と手を打って喜んだかもしれない。しかし、この広告のターゲットである学生時代の僕がこの広告を見たらどう思っただろう。面白い広告だと思ってくれるだろうか。おそらくそんな寛容は100%持ち合わせていなかったはずだ。その当時自分が欲していた現実崩壊感覚に対して、この広告のトリックはなんとマーケティング的な手垢にまみれていることか。その感性のズレは僕にとって非常に苦痛で耐え難いものだ。しかも今となっては修正不能なのである。