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週刊広告論

第36回 「赤」 

アサヒビール/2002年3月3日 朝日新聞朝刊17面


 新しい春が来て、今期は景気が回復しそうだなどと、サラリーマン社会から陽気な声が聞こえてくる。景気がいいと広告の質が上がるのはバブル期を知る人なら経験済みなのだが、今の状況を見ていると、そう簡単にはいかないようだ。
 今回取り上げるのは、アサヒ本生という発泡酒の広告である。大御所タレントのイコンである松本幸四郎が真っ赤なコスチュームで立ち、真ん中に「赤い方がいいじゃないか!」と大きく書かれてある。ストレートで、シンプルかつ大胆な広告に見える。しかしそうではない。
 ビールの新商品広告をつくるのは容易ではない。なぜなら人は、そんなにたくさんのビールの種類を世の中に求めていないから。さらにビールの広告を難しくしている一因に、スーパードライ症候群というトラウマがある。ビール広告のエポックメイキングとなったスーパードライの広告群の成功は、細部のクオリティやら上質なレトリックといった広告の繊細な部分をこてんぱんにしてしまった。広告制作者は低俗ならお手の物だが、凡庸には意外と弱いのである。キリンやサントリーの広告が、ことビールに限っては知性が邪魔をして迷走している風に見えるのは、すべてこのトラウマに起因している。そしてこの、アサヒ初めての発泡酒の広告はどうであろうか。
 この広告がその複雑さにおいてアサヒらしくないことは、たとえば「男は黙ってサッポロビール」(70)という三船敏郎を起用した古い広告と比較をすれば顕著だ。大御所という点は共通していても、ここでの松本幸四郎は「ミスター・レッドマン」という狂言回しの役柄をあたえられている。そして彼は、「世の中いろいろあるけれど、明るく前向きにいきたいというあなたのためにアドバイスを。とにかく身の回りのものを赤くしてみるのはいかがでしょう。」と語りだす。そして紙面下の真っ赤なプレゼントキャンペーンへとつなげていくのである。つまり大きく書かれた「赤い方がいいじゃないか!」は、商品を勧めていると同時に、プレゼント品を推しているのであり、ひいてはこんな時代だからアサヒの発泡酒を飲んで明るくいこうといった、世相をフォローする言葉にもなっているのである。
 こうした広告の技術が駆使されたキャンペーンが、ぬけぬけとしているようで姑息な、現代人のパーソナリティを反映しているとは言わない。ただ、アサヒでさえも1970年のように黙ってビールを飲んでやっていける時代は終わったと考えている事実に、消費社会の老いを感じるだけである。もっとも、「明日があるさ」と缶コーヒーを飲んでいた絶望的な去年よりはましではあろうけれど。
アサヒビール