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週刊広告論

第32回 「胎」 

宝島社/2002年1月3日 朝日新聞朝刊


 一からやり直したい。真っ白な自分からはじめたい。そう思ったときに夢見る、すがすがしいわたし。何もない状態。創世記の一文字目を読む一瞬前のような気分。小林秀雄なら純粋意識といったかもしれないし、フッサールはもっといい言い方を思いついていたような気がする。そんな意識のなかで広告を見つめてみたい。泥まみれで疲れながら、そんなことを夢想する。
 1月3日に打たれた雑誌「宝島」の広告は、おへそにピアスをした妊婦の写真が紙面を占める。キャッチフレーズは「ことし、子供をつくろう。」。もちろん、今年子供をつくることと「宝島」には何の関係もない。ベネトンの広告シリーズを経験した人なら、そうした企業広告が存在することにさほど突出した感じを受けないだろう。実はこの宝島のお正月シリーズは毎年広告賞を取るヒットメーカーなのだが、業界筋では、今年は無理ではないかなどと早くもささやかれたりしている。たぶんアイデアが、わかりやすいからだろう。
 たしかに、少子化が急速に進むこの国において、子供をつくろう、というメッセージはわかりやすい。ちょっと不良っぽいモデルを選んだセンスも、いかにも「宝島」っぽい。それだけといえば、それだけの広告である。もっとも、「宝島社」がこんなメッセージをわざわざ高いお金を払って放つこと自体は相対的に新奇ではあろう。パロディでもなんでもない、真摯な意見広告をたとえば「PLAYBOY」誌が行う必要があるだろうか? 「ことし、子供をつくろう。」と広告に言われて、それもそうだなどと思って実践する人はいない。ましてやこの広告に共感して「宝島」を購読しようと思う人はもっといないだろう。おそらくこの広告は回顧されることだけを夢見ている。2002年の世相を、このメッセージと写真のテイストが持つ少し退廃した空気が予言していたなどと、嘯かれたいのではないか。
 お正月にぱらぱらとつまらない新聞をめくっていた矢先に飛び込んできたこの広告をみて、とりあえずそんな脈絡もない考えが浮かんでは消えた。それから一ヶ月あまり、ずっとくたびれた通勤鞄にこの紙面を持ち歩き、思い立っては見開いたりしてみたが、この広告はいつも恥ずかしげにうつむいている。届かないメッセージへの諦念と、奇抜なお正月広告としての戦略性が日々陳腐化していく恥辱に耐えかねるように。かつて広告は、人々の意識を、欲望を操作するものとして怖れられた。抗いがたいイデオローグとして畏敬視されていた。しかし今では、その浅薄さに自らがおびえるほどに広告は無力だ。それはもごもごと、永遠に胎内でとどまり続け、ぶつぶつつぶやきながら引きこもり続ける。一からやり直したい。真っ白な自分からはじめたい。そう思ったときに夢見る、すがすがしいわたし。そんな私がどこにもいないことを、この広告は自虐的に、わたしたちに教えてくれている。