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週刊広告論
第2回 「穿」 

フォルクスワーゲン/2001年4月12日(木)朝日新聞朝刊5面


 良くできてはいるが凡庸であるとして、そっと見逃すわけにはいかない。今回は筆者お気に入りのフォルクスワーゲン企業広告シリーズ、その最新の一本である。
 メインビジュアルにはフォルクスワーゲン・ゴルフの右前面がアップで捉えられている。しかしその写真はジグソーパズルになっていて、その中の1ピースが欠け、別の色をした誤りのピースがその代わりに、パズル上に置かれている。キャッチフレーズは「すべてがピッタリ合わなければ、フォルクスワーゲンにはなれません。」。それが、車の製造工程において、すべてに完璧でなければならないという意味だということは、誰もがすぐに分かるだろう。それだけのメッセージではあまりにも貧しいが、さすがにここにはちょっとした仕掛けがある。穿たれたピースの画には、一本のラインが含まれている。その誤りのピースはその色だけでなく、ラインの太さが違うのだ。ボディコピーによると、ボンネットやドアの隙間が狭いほど基本性能が高く、ボディが強いらしい。そうした細部にいたるまで、「精密なパズルに取り組むように、丁寧に根気よくクルマを製造していく」フォルクスワーゲンの企業姿勢が広告されているのだ。
 この広告は、その精度の違いでワーゲンを選んでくださいといっているだけではない。すでにワーゲンを購入した人がこれを見て、自分の消費行為は間違っていなかったと思える、そんな安心を売っているのである。そして、こうした消費そのものへの不安にまで答えうる企業広告手法をもっとも早く発明したのは、1960年、当のフォルクスワーゲン社だった。
 自分の行動を正当化してくれる情報を前にすると、人は盲目的に飛びついてしまう。そんな人間の卑俗な習性が、フェスティンガーという社会学者によって理論化されたちょうどそのころ、フォルクスワーゲン社は「Lemon.」(不良品)というキャッチフレーズによる広告を打ち出した。いくら完璧に見えても、ほんの少しでも塗装の汚れがあれば製品にはしないというメッセージによる、それは企業広告の一つの到達点であった。
 それから40年あまりが過ぎ、塗装の汚れというハンドメイドだった不良点は現在、「レーザー光線を使って1/10mmの精度」で語られるようになった。広告の世界においては奇跡的なほどの長い時間に裏打ちされた、こうした一貫したきまじめな姿勢は、やたらと「楽しもう」というフレーズばかりが走り回る自動車広告の世界において、貴重だとさえ言えるかもしれない。しかしその犠牲は大きく、もはやフォルクスワーゲンの広告は、広告史のコンテクストや消費者の価値更新にまったく関与しなくなってしまった。
 穿たれた1ピースと完璧というダイコトミーが露呈する想像力の欠如は、半世紀にわたって継続される企業姿勢よりも、表現の劣化の激しさばかりを印象づける。その油断を正当化するのが、阪神ファンが翌日のスポーツ紙をむさぼるような、ワーゲンファンというオーディエンスの盲目性への甘えであるなら、ピッタリ合いさえすればいい、フォルクスワーゲンの広告戦略には何かが欠けているという他はないだろう。

フォルクスワーゲン
レノン