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週刊広告論

第35回 「蔽」 

宝塚エデンの園/2002年3月 朝日新聞朝刊折り込み(地域限定)


 広告が好きな人は少ないが、新聞折り込みのチラシが好きだという人は多い。四つん這いになって、毎日一枚一枚隅から隅まで見るという人までいるらしい。その違いは何だろう。身近だからだろうか。あけすけだからか。情報がそのまま載っているという意味で、チラシの方が真実に近いからかもしれない。だとすると、広告が何かを隠蔽しているということになるのだろうか。
 今回取り上げるのは、折り込みチラシである。商品名は「有料老人ホーム宝塚エデンの園」。兵庫県宝塚市にある老人ホームの入居者募集チラシである。マス広告でこうした商品が取り上げられることは少ない。費用面のこともあるだろうが、広告しにくいということもあるかもしれない。広告は資本主義的なものだから、いつも前向きでなければならない。若さや生命力が重視されるこの世界では、老人ホームという施設を広告することは難しいのではないか。
 たとえばこの「宝塚エデンの園」の新聞広告を作ることになったとする。僕はきっとこのチラシを見て、不満な点を解消することから始めるだろう。まず施設名が良くないと思う。「エデンの園」はないだろう。「エデンの園にうちのおじいちゃんはいる」とは恥ずかしくて口に出せない。施設名の肩にはショルダーフレーズが付いている。「ウェル・エイジング・コミュニティ」と書かれている。これはまだましだ。あまり悲壮感がないからだ。おそらくこの仕事は、痛ましさを感じさせたら終わりなのだ、と僕は自動的に判断している。
 写真に目をやる。健康そうな老夫婦が談笑している。しかしこのテーブルセッティングはない。花柄のクロスやティーカップはいくらなんでもダサイ。果物もつらい。この写真が目指しているだろう少しリッチな感じとのバランスがとれていない。背後のテレビやウイスキーの古さも目を覆いたくなる。すこしは家庭画報でも読んで考えて作ってはどうかと怒る。キャッチフレーズは、「ここからはじまる快適で安心な暮らし」。これではまったく何も言えていない。コピーとは言えない。他施設との差別化を考えるなら、もっと「エデンの園」固有のメリットをいうべきだろう。さらにマス広告を作るなら、もっと視野を広げなければいけない。つまり、世の中の老人ホームに対するイメージを好転させるような広告でなければならない。このチラシでは、すべてが嘘くさいのだ。
 老人ホームは死者の予備軍たちによる隔離された収容所ではない。他の家族に疎まれて放り込まれるような場所では決してない。そういいたい。ではたとえば、「老人ホームをなくそう」というキャッチコピーで入るのはどうか。国や地域社会がちゃんとしていれば、老人ホームなしでも快適な毎日を生涯送ることは可能ではないか。しかし、現実はそうではない。そのギャップを埋めることがこの施設の目的である。いままでの老人ホームにできなかったことをここでは可能にしていきたい。みたいな筋書きはどうか。
 細部は適当だが、広告づくりはこんな風に進んでいく。世間のネガティブな通念をプラスに変えられれば、その広告は成功だという考えと、そのためにはきれい事ではなく、真実に向かうべきだという論理で動いていく。だがその時、そうやって作られた広告より、きれい事ばかりの折り込みチラシの方がより真実に近づいているという逆説に広告は目をつぶっているのである。
宝塚エデンの園