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週刊広告論

第42回 「蜂」 

山田養蜂場/2002年6月21日 朝日新聞朝刊28面


 コピーライターとして入ってくる、まだ素人の新入社員に原稿を書かせる。本人はコピーを志望するぐらいだからそれなりに文章力に自信があって、自分の原稿が広告として通用するだろうと思っている。それを真っ赤にして返すと、あるいは一から書き直させると本人はとてつもなくショックを受ける。しかし現実はもっと厳しい。いくらちゃんと書けたとしても、クライアントがねじ曲げてくるからだ。新人コピーライターにとってもっとも不幸なのは、自分が書いて、上司にさんざん書き直させられたあげくクライアントに自分がもともと書いた風に修正されてしまった場合だろう。最悪そうした場合、上司よりクライアントを信頼してしまい、やはり自分は書けるのだと勘違いしてしまうことさえある。しかもたちが悪いことに、そうした原稿が世に出てもだれも検閲しないし、映画や小説のように評価してくれるわけでもなく、善悪がでない。多くの場合、広告ひとつで売り上げがどれほど変わるわけでもないのでマーケットからも答えが出ない。だから広告クリエイターたちは、ストイックな神秘主義者のように根本的な無根拠に向かって研鑽を重ねるしかないのである。
 今回取り上げるのは山田養蜂場の企業広告シリーズの一本である。新聞15段に延々文字が書き連ねられているが、これは「インディアンからの手紙」という本からの抜粋である。キャッチコピーもその中の一節がそのまま採られている。内容は19世紀、アメリカの大統領がインディアンの領地を買収した際、当のインディアンの首長が大統領に宛てた書簡。象徴的な部分を引くと「だから白い人よ、わたしたちが子どもたちに伝えてきたようにあなたの子どもたちにも伝えてほしい。大地はわたしたちの母。大地にふりかかることはすべてわたしたち大地の息子と娘たちにもふりかかるのだと。」といったトーンで自然を大切にというメッセージが書き連ねられている。山田養蜂場というところはなぜか文学を使った企業活動を行っていて、童話のコンクールなどを主催してもいる。この本の紹介が企業広告となり得るのも、それが小学校に寄贈することを目的とした「みつばち文庫」の一冊だからだ。簡単に帰納すると、インディアンの自然を愛する心を伝える書簡 それが載っている書物を小学校に寄贈している山田養蜂場 山田養蜂場は自然と子どもたちの未来のために企業活動を行っている、という流れになる。
 この広告にいわゆる広告コピーは存在しない。下部分に連ねられた文章もコピーというよりはむしろ説明文に近い。うらやましいことにこの広告はディスコミュニケーションへの不安をまるで抱えていない。広告内容を理解するのにとてつもなく時間がかかるのだが、それはかえって「スロー」とでもいうべき長所になってしまっている。メッセージの中身もいたって誠実で、あえて伝えようとする必要すらないようだ。こうした素朴な広告を目にすると、コピーライターになろうという人に教えることは何もないような気になる。ふつうの言葉で、ふつうに伝えればいいのではないかという気になる。もちろんそれは虚偽意識なのだが、こうした広告のはらむ虚偽感とでもいうべきものを撃つ言葉を僕はいまだ持たない。
山田養蜂社