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週刊広告論

第45回 「心」 

三菱自動車/2002年8月17日 朝日新聞朝刊5面


 広告制作に関わる人はまず間違いなく企業広告の仕事がくると喜ぶ。商品広告に比べて表現の幅が広がる、あるいはやりたいことがやれるという人もいる。コピーライターなら、書きたいことが書けるということにもなるのだろうか。しかし受け手は、はたして商品広告より企業広告が見たいと思っているだろうか?
 今回取り上げるのは三菱自動車の企業広告。この広告は下から読んでいくとわかる風にできている。一番下には、この画面からでは読めないほどの小さな文字が書かれていて、「このシリーズ広告の8話が、一冊の本になりました。」とある。つまりこれはどうやらシリーズ広告のなかの1バージョンであるらしい。しかもメーカーは、これが本にする価値がある内容だと思っているのであろう。その上には英字で「Heart-Beat Motors」とあり、隣には三菱自動車のロゴ。このスローガンからおそらく〈読者の胸を打つ〉広告シリーズをつくろうという発想が生まれたのに違いない。さらにその上には少し大きめの活字で、「笑ったり、恋をしたり、ジーンとしたり。私たちのクルマが、そういう時間をつくることができたら、うれしい。」と広告コンセプトが具体的にまとめられている。だからその上にあるのは、〈笑ったり、恋をしたり、ジーンとしたり〉するハートウオームなエピソードということになる。さすがにこんな企画で架空のエピソードを書けというオーダーが来たら誰だって尻込みするのではないかと今の僕なら思うが、現実にはこんなリクエストを心待ちにさえしているコピーライターがわんさかいる。何を隠そう10年前の僕もそうだった。まったく不思議な話である。
 押さえコピーの上の小さなコピーブロックには当然その感動的なエピソードが書かれているのだが、省く。さらに上にはこの紙面の最大級数で「同窓会の帰り道、カーラジオがあの頃の歌をうたっていた。」と書かれている。そう、この感動的な逸話は同窓会ものだったのである。(この広告に茶々を入れるのが主旨ではないので一応本文の最後を引用しよう。「正門前のパン屋、三つ目の角の郵便局、そして、あの日の神社…ビデオテープを巻き戻すように、車窓の風景が流れた。ラジオから、偶然、二人で聴いていた曲が流れてきた。僕の隣で、十五歳の少女が、口ずさんだ。」その手の広告としてこれはよく書けているという例のつもりで。)
 最大級数のコピーの上には大きなメインビジュアル。山の麓の学校。手前にはグランドがあり、大人の男女が少し距離を置いて鉄棒から遠くを見ている(三菱の車は申し訳なさそうに画面の隅で小さく並んでいる)。その写真の中には「初めてのキスの相手は、まだ独身だった。」と書かれてある。よくわからないフレーズだが、〈十五歳の少女が、口ずさんだ〉と同種のレトリックなのだろう。
 これを取り上げたのは、こうした〈心を打つ〉広告が今の読者に有効なのかをここで問いたいからではない。文学ならもしかしたらこういう物語がいまも読者をつかんでいるかもしれないが、その真偽を問うているわけでもない。こうしたジーンとする広告を作っているのは日本だけだと開き直って自慢したいわけでも無論ない。少なくともこの広告表現から浮かび上がるのは、心を打つ物語の不可能性である。この構造でいい話が書ける作家が世界中のどこにもいるとは思えないからだ。そして最大の疑問は、なぜ広告はそれを書きたいと願うのかということである。
 広告はその百年の歴史のなかで、反省し、自制し、あるいは開き直って、確信犯としてのさまざまな手口を身につけてきたはずなのだが、にもかかわらず人の心を動かす〈感動的な企業広告〉だけが、まったく技術的に成熟していないのがわからない。そこには何か精神分析的な事情があるとしか思えないのである。
三菱自動車""