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週刊広告論
第24回 「寥」 

日清ペットフード/2001年9月20日 朝日新聞朝刊18-19面


 広告のアイデアに困ったとき、いざとなったら動物か子どもを使えばいい。そんな手垢の付いた決まり文句があるからか、動物と広告の関係を「かわいいから広告にいいんだろう」以上に深く考えた人はいない。
 今回取り上げるのは、日清のペットフード、「ラン&キャラット ヘルスケア」の広告である。30段(見開き2ページ)という贅沢なスペースに犬猫が点在している。キャッチコピーは「或る日、わたしの人生にやって来た。」。「或る」にまずひっかかる。若い人に読めない字だからだ。ターゲット年齢が高いのである。「やって来た」のはもちろんペットであろう。それぞれの写真の動物の下にあるコピーを読めば意図が分かるだろうか。たとえばいちばん短いものは、「Mikke 4カ月 カゼをひいて寝ていたら、薬の袋を持ってきてくれた。 東京都 矢崎恵美子 43才」とある。実はこれは、一般公募したエピソード募集の入選発表でもあったのだ。なあんだ、と思うかもしれない。しかしそう単純な広告ではない。
 おじいちゃんの入れ歯を噛んでいるうちに口の中でそれがピッタリはまってしまった犬。夫婦喧嘩を仲裁する猫。車の運転を手助けする犬。それぞれのエピソードは思いのほか出来がよく楽しめるのだが、そのほとんどが40代の女性の手によるもので、何かとてもニッチなターゲットの臨床報告のようにも思えてくる。ペットを飼い、文章が巧い40代の主婦。彼女らの生態がマーケットの中心に据えられた希少な例ともいえそうだ。そんな連想が働くような、この客観的な印象は、僕のようなひねくれた受け手にだけ生まれるわけではなく、意図的に広告制作サイドから付与されたものだ。まず「Mikke 4カ月」という書き出しのフォーマット自体が何か冷たい、突き放した感じを読者に与えている。そしてこの動物たちの写真。おそらく飼い主なら自分の文章が掲載されたこと以上に自分のペットがこのように凛々しく紹介されることに感動するに違いない。まるでペットモデルのように、それぞれの動物たちはそれぞれのポーズで美しく佇んでいる。しかし同様に、この写真を見た印象も、家族の一員というよりは、決して完全にコミュニケートできない、動物と人間とのあいだにある孤独がより際立っている。それは笑わず(当たり前だが)まっすぐカメラを見る動物の表情がそうさせるのだが、これも制作者の自覚的な操作だといわざるを得ない。
 この広告が、たとえば通信会社が「こころあたたまるエッセー」を公募して載せたり、自分の会社の全社員の写真やコメントを載せたりする企業広告に対して一線を画しているのは、ディスコミュニケーションをメッセージとして発信しているからに違いない。犬や猫が愛らしいのは、本質的に通じ合えないその他者性に、コミュニケーションへの欲望がかき立てられるからではないか。そして、本来広告表現のあり方も、親しみではなくその寂寥に向き合うべきではないかと考えさせられるのだ。
ラン&キャラット ヘルスケア